賑やかな車内
 



「任務開始」



通信機器からその言葉を合図に車が発進した。遊自がハンドルを握る車内では響が不安げな表情をしていた。純は響に怯えて抱きついたまま離れない。



「おい……」

「安全運転をしていますよ。安心して車のどこかをつかんだまま離さないでください。揺れます。揺れてますよー」

「どこが安全運転なんだ。うおっ!」



戦場大陸の最北端にある人間側の本拠地へ向かって進む車は激しく揺れていた。整備されていない道なき道をエンジン全開で走り抜けているのが原因である。いまにも木々にぶつかって事故でも起きてしまいそうなほどである。後部座席にいる響に抱きかかえられ――しがみつき――ながら純は涙目である。助手席にすわる桜羅は天井や窓などあちこちに頭をぶつけて「痛い、いたい! 遊自!!」と怒っている。一方の遊自は楽しそうに笑ってばかりだった。



「こわいぃぃっ!」

「純が怖がってるだろうが! スピードを落とせ!」

「おお、響の怒っている顔のほうが怖いですよー?」



くすくすと笑っている遊自は相変わらずであった。しかし響と桜羅に睨まれては仕方がなくスピードを落としたのだった。



「痛い。脳震盪を起こした。これから元帥とかいう地位のじじいを殺しに行くというのに、これでもしミスしたらどうしてくれるんだ……」

「内通者がちゃんと案内してくれるのでミスはありあませんよ〜」

「そいつ、信用できるんだろうな?」

「シガとロネが言うのですから大丈夫ですよ。ワタクシたちは成功のことだけを考えていましょう」



桜羅はむう、と唸って腕を組んだ。

すでにその内通者が中将だと知っている響と純は先ほどの「任務開始」という言葉を思い出していた。確かに彼が響たちと同様に裏切り者であるならありがたい話だ。元帥は中将を高く評価している。中将がいまの地位にいられるのは元帥の手引きのおかげでもあるという。
響と純の正体が暴かれたあと「実は私もなんですよ」とほほ笑みながら言われたときの体温が低下していく感覚は死ぬまで忘れないだろう。中将が信頼できる人かどうかは見方に寄ると響は考えている。中将が味方だと信じていたい響たちだが、信頼はできない。信用することだけだ。



「そ、そういえば、みわはどうしたんですか……? シガとロネの二人と同じで先回り?」



怖くて口をぎゅっと閉めていた純は安全運転になると、ここにはいないもうひとりの寄生者をやっと思い出した。



「ああ、みわか。あの女装野郎ならいまごろ……」