葉蝶と夏満と独利
 


「葉蝶は裏切り者のこと、どう思ってるんだ?」

「あれ、夏満。突然どうしたの? ふふん、気になる?」

「知ってるのか?」

「……少しだけね。中将に教えてもらったの」



砦の近くに身を潜めたまま、葉蝶は夏満、独利に聞かせる。声はできるだけ抑え、警戒心を緩めず。



「元帥って……知ってるよね?」

「なんで裏切り者の話から元帥になるんだよ」

「まあ、独利くん聞いて」

「元帥とは北半球の軍事機関トップの人物だろう? この戦争の総大将でもある。対寄生者部隊ごときがお目にかかることも少ない人物だ。それがどうかしたのか?」

「そう。夏満の言う通り。とにかく元帥ってものすごーく偉い人なの。そういえば偉い人とか権力を持ってる人って私たちとはぜんぜん感覚とか価値観ってちがうよね。自分たちは戦場には出ない、絶対に安静なところにいるから」

「はあ? だからなんなんだよ。この話、俺になにか得でもあるのか?」

「独利、おとなしく聞けないのか」

「……」

「そういえば、この戦争ってなんのためにしてるんだっけ? ずっと命令された通りにしか動いてなかったから忘れちゃったよ。っていうのを中将に聞いたの。出撃前、寸前に。だいたいのことはわかったけど、まだ納得しきれてないかなあ。意味が全部わかったわけじゃないし……」



あはは、と言う葉蝶を背景に夏満と独利は考えた。この言葉を素直にとらえるべきではないだろう、と捉える。
桃紫と寂の作戦完了と田中と椿の作戦完了まで待機する三人の間を風が通り抜けた。



「他に何か言っていなかったか?」

「んー、最近のゲームはつまらないよね、とか。チェスやショウギなんて飽き性の私にはどうのこうの……」

「ああ、わかった。わかりました」

「いやいや、なんの冗談だよ」



なんの冗談だよ、と言った独利の顔にはつー、と汗が伝っていた。目は髪で隠れてしまって、表情はよくわからないがそれはポジティブではないことは明白だった。



「葉蝶は参謀向けの頭をしていないからな。この程度の難易度が妥当だろうな」

「え?」



さわやかに言ってみせる夏満の表情は曇っていくばかりであった。葉蝶はそこまでショックを受けるような内容だったのか、と自分の考えを思い返してみる。たしかに理解しがない意味でとらえているが、二人が沈黙になってしまうほどなのだろうか。
独利はどんな時でも無表情を貫き通す冷静さを持っている。深刻な沈黙は初めてだ。また、夏満は年上の男性を感じさせる包容力でたいていのことでは驚いたようすを見せない。葉蝶が見た唯一の彼の驚愕は「私には絶対に白馬の王子様が迎えに来てくれるの!」とカミングアウトしたときのみだ。