考え方
 


「よお、おかえり」

「……ただいま」



響は境より先に軍本部へ戻っていた。服装は普段と同じ軍服のままであった。響は元気のない境を見て首を傾げたが、すぐ斜め下にいる漆の元気の良い返事で視線をそらした。独利には何度挨拶しても会釈しかないことは知っているので特に追及はしない。



「漆、境はどうしたんだ? とても元気がないが……、負けたのか?」

「頭脳じゃあ圧倒的に負けたね」

「境の頭脳分が漆だろう。で、どうしたんだ?」

「ちょっとね。人間不信になりかけてるっていうか、人間不信の『に』の字が見えてきたところ……かな?」

「はあ……」

「気にしなくても大丈夫だよ。田中か椿と手合わせすればすぐになおるはずだから」

「そうか。……そういえば田中と椿は? あいつらの回収が任務だろう?」

「先輩の特権で報告書を二人に任せたの!」



にんまり、と漆は笑う。それにつられて響も微笑んだ。境と漆の後ろにいた独利は二人が話をしている途中で「……じゃ」とだけ残して去って行ってしまっている。
漆は境と手を繋ぎ、その手をひいて響と別れた。ふたりと別れた響はせつなげに伏し目をし、俯いた。
もうすぐなんだ、と小さくて呟いて。

響と別れた漆は声のトーンを低くして境に告げた。



「シガの言っていたこと、僕は信じるよ」

「お前、それがどういう意味かわかってんのか」

「寄生者が被害者だって言うの、嘘には思えない。でも今の僕は無力でどうすることもできない……。僕は年齢も経験も足りない子供だから」

「子供じゃねえよ。LEにいる時点で、お前は立派だ。……そういえば、シガとロネのことを話したとき、独利が言ったな。子供の考えは柔軟だと」

「……境」

「私は、戦いに明け暮れたせいで考えが鈍ってるのかもな。年下の漆に迷惑をかけちゃだめだよ。少し、考えてみようと思う。遊自が言ったことも含めて。漆みたいに答えが出るのは時間が掛かりそうだけど」

「力になるよ」

「ありがとう」



漆の考えに、境の考え方もかわった。表情は固い微笑を浮かべていたが、漆は柔らかく微笑んでいた。
LEに裏切者がいるのかもしれない、寄生者が本当に殺すべき相手なのかわからない。この疑いは境がいままで信じてきたことが一斉に、全部崩壊してしまう。しかしそれは漆も同じこと。

境は振り返って、ついさきほどまで響がいた場所を見つめた。