挑発
 



「あいつ、バスの前に飛び出してきた女の子じゃないか」

「あ、本当だ」



ロネ、と紹介された少女は静かに頭を下げた。無口な少女だな、と思い、境も自己紹介をして返すことにした。



「自己紹介されたら私たちも自己紹介するのが当然だよな。私は境だ」

「敵なのに……。僕は漆。話、聞くだけなら聞くよ。聞いてからの判断はあまり期待しないでね?」



厳しいことを言いながらも、漆は境に合わせて自己紹介をした。現時点でまだ討伐対象であるシガとロネに警戒心を抱きながら境は大鎌を肩にかけて「で?」と彼らに話をするよう促した。

保健室の外。
廊下に背中をくっ付けて独利は「もう俺は関係ない」とでもいった様子を見せて、銃弾をクルクルと回して手遊びを始めた。
椿はハルバートを持ち、いつでも指示があれば突撃できる準備をしており、田中はクナイを両手に持って刃の具合を確認していた。



「あ、そうだ。お前」

「……」

「え? なになに、オレ? オレっち? オレっちのことっ?」



ふと独利が静かに口を開き、椿は無言で目だけ独利に向けたが田中は一回転して両手を挙げながら独利の掛け声に反応した。さきほど刃を見詰めていたときの眼は鋭く、殺気がこもった恐ろしく寒気を伴う目付きであったのに先輩の独利が話し掛けたとたんに180度も表情がかわるこの変化。椿は呆れたため息をする代わりに静かに田中との距離をとった。



「田中でも椿でもいいけど、放送室借りてこい。学校職員と生徒に教室から出るなって」

「万が一、戦闘が行われた場合を想定して……、ですか?」

「それ意外に避難させる理由があるのか。学校の敷地外にだせば怒りを買うかもしれない。どっちでもいいから行ってこい」

「そう言うことならオレっちが行くよ!」



田中は率先した。
独利、田中、椿、この三人の中で一番機動力があるのは田中だ。独利は頷いて「じゃあ田中」と指名する。田中はいい返事をして、窓から出ていった。



「独利先輩」

「何だ」

「中の様子が……」



椿がそっと親指を立てて保健室へ向けた。ドアが閉まってしまっている保健室の中で境が大声で騒いでいたのだ。それを宥めようとする漆の声ははっきりと聞こえないものの、境の声は確かに聞こえた。



「おいおい、ふざけんなよテメェら!! 喧嘩売ってんのかオイ!」



境はブスリと床に大鎌を刺し、シガとロネを睨み付けていた。殺気で溢れる境を、漆は「境、ねえ」と眉を八の字にして宥めようとしている。



「LEに裏切者がいるだと……! からかってんのかよ!! 遊自といい、テメェらといい……、いい加減にしろよ!!」

「境、おちついてよ」

「落ち着いていられるか!! こんなふうに馬鹿にされて! 馬鹿にしやがって……!!」



荒れていく境の軍服の裾をきゅっと握り、それを引っ張って、さかい、さかい、と言う漆の声ははっきりと境に届いていなかった。