Her wish
 


「はやく……、私を殺してくれ……」



これが、なんとか漆と純の呼びかけで意識を取り戻した彩が一言目に言った言葉だった。



「きょ、教官……? どうして……」

「そうだよ、せっかく意識を取り戻したのに」



すでに武器を手放している彩は両手で頭を軽く抑えながら絞り出すような弱弱しい声を出していた。彩とは接触がなかった響でも、これが普段の彼女ではないとすぐにわかった。だらだらと汗を流し、頬をつたった透明の水滴が顔のラインをなぞるとポタリ、空しく落ちて地面に吸い込まれていった。眉間の線を深くしながら彩は続けて言った。



「洗脳が、解けないんだ……。このままでは、私は自分の手で仲間を……殺してしまう……。寄生者の人形だなんて……まっぴらごめんだ……。また私の意識が無くなる前に、どうか。……漆、その刀で私の心臓を突き刺せ。純、その銃で私の頭を撃ち抜いてくれ……。最初で最後の、私からのお願いだ……」



まるで力が入らないと、倒れこむように彩は頭を下げた。その弱弱しさを見て響は「どうするんだ?」と漆と純の二人に回答を促した。純よりも漆の回答が早かった。



「残酷だよね、こんなの。僕たちは家族の記憶が全然ないんだよ。気が付いたら対寄生者のために、軍の道具として教育されていたんだ。教官はまるで家族みたいな存在なんだよ。その家族を自分の手で殺せって……? 僕、いったい誰を恨めばいいの?」

「漆、まさか」

「僕は教官の願いを叶えたい」

「それってつまり殺すことじゃないですか! そんなの、私は反対です!」

「純は優しすぎるんだよ。僕たちがいま、こうしてここに、LEの三番目として存在している時点で残酷な道しかないんだよ?」

「それは違うと思います!」

「僕と純は生まれたばかりの言葉も喋れない赤ちゃんのときに、売り飛ばされたんだよ!? 軍の道具になれって! 『個人』なんかじゃない、国の一部に、国のために死ねっていわれたものだよ! 僕たちが生まれたときは南半球のほうが優勢だったからね。僕たちの親は、金と命を交換したんだ!」

「でもそうしないと、私は漆に出会えなかった! 教官にも、響にも、境にも!」

「純は甘いよ。僕は僕にない純のその優しさが好きだよ。でも、今回は反対。教官の願いを叶える! このままじゃなにも変わらないよ! 状況は悪化する! 教官はそんなこと願っていない! 寄生者じゃなくて、教官として……人間として……彩として、僕は死んでほしい……。僕だって教官は大好きだよ、死んでほしくないよ。話したいことだってたくさんあるし、教官の話だっていっぱい聞きたい。教官とやりたいことだってたくさんあるのに……。悔しいよ」

「……漆」

「教官が大好きだから、願いを叶えてあげたいんだ……」