「……電車?」

「そう!今日は玉乃くんの服を買いにいくんだよ」

「繰り返し着てるのも嫌だろ?」



朝。肌寒いなんてレベルを通り越してベッドの中にこもっていたい寒さの朝。道端の雑草にはもう白い霜が降りていて、玉乃くんはそれを珍しそうに見ていた。
霜を知らないのかな?ってことは寒くない気候の国の人なんだろうな。



「滑るなよ、沙夜」

「わ、わかってる……!毎年これで滑って捻挫になっちゃうもんね」

「僕には運が悪いのか、どんくさいのかわからない……」

「両方だな。沙夜、鞄は俺が持つから」

「ちーちゃん、いつもありがとう」



お礼をのべて笑顔でちーちゃんに鞄を渡す。私が鞄を持っていたら何が起こるかわからないのが正直な話。ちーちゃんが持っていたほうが安全。
鞄を受け取ったちーちゃんは必然的に私の手を見て、そして驚いた。眼鏡を外して私の手を顔の前に近づけ、私の顔と見比べた。急にどうしたんだろう?指に大きな怪我をしているわけじゃないし……。というかちーちゃんの背が私よりも高いから手から血がひけていくな。



「おま……、この綺麗な指はどうしたんだよ!?」

「え!?」

「はぁ?」

「いつも小さな怪我が絶えない沙夜の手に……怪我がない……だと?」

「千早、それ女性に対して失礼な発言じゃ……」

「そうなの!最近の私は怪我が少なくて!」

「……はぁ」



なにこれ天然なの?って玉乃くんの呟きが聞こえたけど私はそれどころじゃない!ちーちゃんと幸せに喜びあった。他人からみればどうってこともないことだし、この程度で喜び合うのも変な光景なのかもしれない。
けれど私とちーちゃんにとっては大きな幸せだった。こんなに手が綺麗な状態でいられるのは私にとってなかなかない出来事。いままで不幸続きだったぶん、その小さな幸せが私の心を踊らせた。



「……ねえ、今電車の発車時刻って知ってる?」



そんなささやかな幸せもつかの間、玉乃くんが時刻表を指差した。すぐ近くにある時計は時刻表の数字とピッタリ合う。
私たちまだ切符も買ってないのに……!!



「や、やば!」

「俺が三人分買ってくるからお前らは改札口の前にいろよ!」

「了解!いこ、玉乃くん!……うえっ」



いこうと急いで一歩前にでたら電車から出てきた人の波で改札口まで行けなくなってしまった!どうしよう、と玉乃くんをみると玉乃くんは余裕の表情で人の波を見ていた。

人の波が引いたのは1分ほど経ったあと。電車の発車時刻はその1分が命取り!次の電車で行かないといけないのかな、とため息をつく。けれど視界にはちゃんと電車があった。まだ止まっている。ドアは閉まってない!



「人がいっぱいいて聞こえなかった?駅の放送かかってたよ。1本前の電車が遅れてて、それに合わせて発車が遅れてるんだって」



玉乃くんの当然といわんばかりの余裕な態度はこの放送のせいだったのか!改札口にいるちーちゃんのところへ玉乃くんの手をひいて私は彼とまた幸せを喜び合った。



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