夕方、私は慌てた。
転びそうになりながらも二階にいる玉乃くんのところまで駆けていって、思いっきり部屋のドアをあけた。もちろん玉乃くんは驚いていて、じっと睨んでいたパソコン画面への視線を私に寄越す。
「どうしたの?大の大人が」
「たっ、大変なの!ちーちゃんが!ちーちゃんがっ!」
「ちょ、ちょっと待って。落ち着いて」
何から話せばいいのかわからない。私はただひたすら「ちーちゃん」と何度も幼馴染みの彼の愛称を繰り返した。頭が動揺して、玉乃くんに伝えなきゃいけないのに口が追い付けていない。 玉乃くんは私の両肩に手を置いて「落ち着いて」と言っていたが、私のこの慌て様をみてただごとじゃないと悟ったのか、彼も冷や汗を流すほどに動揺していた。 私が落ち着かなきゃ、って思って深呼吸をする。やがて落ち着きを取り戻し、話したかったことを口にした。
「ちーちゃんが今夜うちに泊まるって!!」
目をカッと見開いてそう言ったら頭を叩かれた。痛いよ。玉乃くん容赦ない……。
「そんなに慌てる必要ないじゃんか。騙されたー」
「騙してなんかないって!ちーちゃんがどれだけ過保護か知ってる!?」
「はあ?」
「異性と同居してるなんて知られたら……!」
私は顔を青くして玉乃くんの両手を握った。玉乃くんは私から顔をそらす。 窓から入り込む夕日の赤い光が眩しい。
「そんなに?」
「うん、泊まるならうちにしろって言うと思う!思春期の男と同居するなって!」
「……それはまずい。僕としてもまずい」
「何がだ?」
突然した低い男性の声。この家には女の私とまだ声が低くない玉乃くんしかいないのに。答えはすぐにでる。 考えなくったってその正体がちーちゃんだって……。
(まずい、聞かれたか……!?)
ちょっとスパイっぽいことを心のなかで呟いてから確認のために振り向くとやっぱりちーちゃんがいた。ちゃんと日用品をもっている。ちなみにちーちゃんの着替えはこの家に置きっぱなし。ちーちゃんよく泊まるしいいかなって。
「で、同居がなんだって?詳しく聞かせてもらおうか」
にっこりと笑ったちーちゃんの眼鏡の奥にあるそれは笑っていなかった。
「泊まるならうちでいいだろ」
「ほら言った」
「言った」
玉乃くんがうちに同居することになった事情を話すといきなり言った。言った、言った、と私と玉乃くんが繰り返すとちーちゃんは「え、なに」と困った顔をした。
「なんで男と暮らさなきゃいけないんだよ、むさ苦しい」
玉乃くんの嘲笑にちーちゃんは「たしかに男同士が一緒でもつまらんよな」と納得していた。怒ったりしないところがちーちゃんのいいところ。
「でも何かあったら……、よしわかった!俺が定期的に来て様子みる」
「やった!ちーちゃんの料理は美味しいんだよ」
「……っち。まあいいけれど」
取り合えずお母さんとかいてちーちゃんと読む人から玉乃くん同居の許可をいただいた!やった!追い出したらかわいそうだもんね。
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