昨日食べたシチューは確かまだ残っていたはず。とりあえず、昨日コップを割ってしまったから新しいコップを買って帰ろうかな。念のために二つ買っていこう。

夕方、仕事を無くした私は夕食とコップの事を考えながらデパートのエレベーターに乗った。財布を落としたりなくしたりすることがよくあるから、ぎゅっと手で握りしめる。



「そこのお姉さん」



今日のエレベーターの中は人が多い。
手に力を込めた。



「聞いてる?」



高いわけでも低いわけでもない少年の声がする。声変わりしたばかりかな。誰かに話しかけているようだった。
私は時間を見るために携帯電話を開いて、待受画面をその目に映す。



「……はぁ」



ため息。この少年は無視をされたらしい。諦めてため息をつく声が妙に耳に響いた。

エレベーターから降りた私は直ぐにコップを二つ買った。ついでに食品売り場でお菓子を買って、このデパートはアルバイトの募集をしていないか、と確認してから自動ドアを通った。
ひんやりとした外の空気が鼻を突く。冬の匂いがして、雪はまだ降らないかな、と空を見上げた。私は雪が好き。何度も滑ったりして痛い目を見てるけど、雪は嫌いになれなかった。
エコバッグを握り直し、私は歩いて家までの道をたどる。
ちなみに私は車の免許はない。事故を起こしてしまうかもしれなくて。ちーちゃんも止めろって必死で言うしね。



「そこのお姉さん、家まで僕を連れてって」

「え?私?」

「連れてくと良いことがあるよ。だから連れていけ」



少年の声がして後ろを振り向いた。
そこには私と同じか、少し身長が高い少年がそこにいた。外国人かな?でも日本語ペラペラだし。ハーフか天才少年だろうか。
キラキラした金髪とみどりが混ざった碧眼がとても綺麗で、人間にしておくのはもったいない。天使みたいな、そんな印象だった。彼の顔はまだ幼さが残っていて、成人はしていないんだろうなって思った。
あれ?そういえばこの声、エレベーターで……?



「えっと……、迷子?名前は?」

「玉乃」

「玉乃くんだね?んと、玉乃くんの家わからないから交番でいい?」

「迷子じゃないし。つか、連れてってほしいのはアンタの家」

「私!?」



玉乃くんはなんて衝撃的なことを言うんだろう。
というか初対面だよね!?いくら年下っぽい男の子でも見知らぬ異性を家にあげるのはちょっと……。あれ?そもそもこの子は何歳なんだろう。



「玉乃くんは何歳なの?」

「多分14歳」

「多分!?」

「14歳、14歳」

「……おうちの人が心配するよ?」

「もう話はつけた。早く連れてけって、不幸女」

「なっ!?」

「はい、帰ろ帰ろ」

「そんな……、ちょっとちょっと!そんなに押したら……!」



転んじゃう、って言おうとした。けれど何メートル進んでも転ぶ気配がない。だから言葉につまってしまった。



「ねえ、沙夜ちゃん。アンタが不幸なら僕はその逆だよ」



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