今晩は私がご飯を作る。 泊まりに来たちーちゃんと玉乃くんはリビングでテレビの音を流しながら雑談をしていた。私は料理に集中していた。そのせいかな。気付かなかった。気付けなかった。私は今までと同じく知らないままだった。 料理を食べたているときに展開された話題もいつもと同じことだったから、だなんていいわけはしない。
沙夜がたった一人で暮らしていた部屋に玉乃が転がり込んできたのはついこの間のこと。 不幸に嘆くことなく明るく生きようとする沙夜の隣に千早がいるのは当たり前のことだった。
「玉乃はどっから来たんだよ」
「それ沙夜に昨日も言われたんだけど。なに、流行りなの?」
「流行りじゃないけど、俺たちって案外玉乃のこと知らないっていうか、さ」
「別に、僕のことなんて……」
こたつの中に入った足の膝を折って、玉乃はガラス玉のような目をテレビ画面に向けた。正面に座る千早の目はまっすぐ玉乃をうつす。
「どうして言えないんだ?」
「別に言えないなんて言ってない」
「ならどうして躊躇う」
「……それは」
きゅっと口を閉ざしてしまった玉乃をみて千早は静かにため息を吐いた。 千早は玉乃が嫌いではなかった。むしろ好きだった。幼馴染みの沙夜も好きだった。大切な存在だった。だからか、沙夜の家に転がり込んできた玉乃の事が気になっていたのだ。それに、沙夜にとっては都合のいい存在。
弟と同じ年代。 親密になる存在。 孤独感を無くす少年。 幸運な体質。
都合が良すぎた。
「実は俺、沙夜の不幸体質に捲き込まれたせいか、昔から怪我が絶えなくて」
そう言いながら千早は玉乃に腕を見せた。 その左腕には消えない生傷の痕が複数みられ、玉乃は目を丸くして千早を見上げた。
「ほぼ毎日怪我してたんだ。大小様々な。なのに玉乃が来てから怪我してねえ。なくした消毒とか見付かるし」
「……」
「お前が周りを捲き込むほどの幸運体質なのはわかった。沙夜と逆で」
「……」
「こんなこと言いたくなかったけど、お前、誰だ?」
千早はいつも沙夜を最優先に考えていた。幼稚園児の頃、沙夜を守って溝に落ちて大ケガをした。小学生の頃、いじめられた沙夜を庇って自分がいじめの対象になった。中学生の頃、リストカットしようとした沙夜と口論になって腕をカッターで深く切った。高校生の頃、轢かれそうになった沙夜の体を押して自分が轢かれた。
「そろそろだと思ったんだ」
玉乃が蒼い瞳をすっと千早に向けて呟いた。そして続けて唇を開く。
「僕は――」
時が一気に進んだ瞬間だった。 テレビの音は千早に届かない。
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