シナリオ


 

ツバサは飛び退いた。ソファから離れ、ドアを視界に留める。あとは駆け出すだけで良いのだが、それができない。突如としてこの空間を支配する重たい空気がツバサを圧迫するのだった。


「テメ……っ」

「組織持続のためだ。いくらか時が過ぎればその魔術は解除される」


強い力で右足を地へ引っ張られるような感覚がする。濃厚な魔力が圧迫を促進し、自由を許さない。


「……?」


ツバサに魔術をかける最中、リャクの身が違和感を感じ取った。それは一瞬のことで気を止めるほどのことではない。本当に僅かな違和感だったのだった。リャクは首を傾げかけて、踏みとどまる。気にしていない。その様子をツバサが静かな眼光で見ていた。


「この足枷の、メリットは?」

「貴様の行動制限だ。この組織から遠く離れられぬように」

「なにそれ。俺をペットにでもするつもり?」

「それもいいな」

「うわ、うざ。きも。死ね」


即答で返し、ツバサはそのあとすぐに俯いた。
顔を上げられないほどの圧迫はないはずなのに弱った姿勢をするツバサを不可思議に思う。
そしてリャクは異能の理論を覆されることとなる言葉を耳にしてしまう。


「指定。略式、簡略化。封術三番方式を展開。四から三十八を抽出。一から三を詠唱開始。魔術、登録不可の属性――」

「お、お前、それ……!?」

「――その魔力を拒絶し、魔術式を封じよ」


紛れもない。
それは封術の詠唱だった。
ツバサは能力者のはず。
だから封術なんて使えるはずがない。封術師ではないのだから。

多重能力者は存在しない。存在できない。
――しかし、今、目の前には。


「ざまあ見ろ、天才」


口から言葉と共に血を吐き出すツバサが居た。
彼は立ち上がり、口を服の袖で拭う。

リャクは魔術の詠唱を忘れて、目を丸くした。
だって、奴は不老不死で、封術師ではないのに。
――不老不死だからか?

リャクは開けたままだった口を閉じて唾を飲み込んだ。無音の詠唱を再開し、そのなかで整理する。多重能力者はいないはず。しかし現に、目の前にいる。そして「黄金の血」もそうだ。拒否はできない。これが現実だ。
多重能力者は存在した。
どういう理屈なのか知らない。しかし、今はそれどころではない。ツバサがこちらに歩み寄って来るのだ。リャクの身体は強張り、ツバサが近付くのを眺めることしかできずにいた。


「俺に少しでも介入しようとしたんだ。覚悟は出来てるよな、小僧」


殺気が、脳を直に刺激した。
骨の髄までリャクはツバサに支配された気がした。