SSS


 

ツバサがリカに案内されて駆け付けた時にはすでに、美紀は撤退したあとのようだった。荒れ狂った会議室は壁に大穴が開いており、隣の部屋まで筒抜け。ただの木屑や鉄屑と成り果てた机と椅子や、深く残る切り刻まれた跡、ヒビ、研究者の死体、飛び散る血。そして何があったのかそれらが物語るのはナナリーの深い怪我だった。真っ白な白衣が真っ赤になり、腹からなにか臓物が見え隠れする。封術で無理矢理、応急処置をしたせいか出血はないが、酷いありさまだ。手足に傷は絶えず、指先が変な方向に曲がっていた。


「この大馬鹿者!!」


そうリャクが怒鳴る声は廊下の外からも聞こえていた。それくらいに声を荒くして怒鳴るリャクは珍しい。リャクは治癒専門の聖属性ももつ魔術師であるため、ナナリーを治癒しながら怒鳴るという芸当をこなしていた。ナナリー本人は喋ることもままならないようで、ただただ苦笑いを浮かべる。


「ちょっとチビ、どいて」

「っち」


ギロリとリャクがツバサを睨んだが、世界中探してもツバサほどの治癒能力をもつ異能者はいないので、ここは一旦ツバサに任せることにした。リャクは白衣を脱ぎ、床の屑を魔術で払い除けると脱いだ白衣を敷いた。ナナリーを横抱きにしたツバサは彼女をそこに寝かせる。ナナリーの白衣の下は袖を切り落とした着物である。待機していたリカがナナリーの帯を外そうとしたが外しかたが分からず、結局ツバサが外すことになった。
ナナリーがぎこちなく傷口を抑えていた手を退かす。その間にリャクはナナリーの軽度の怪我を治しながら文句を言っていた。


「なぜ一人で戦おうとした。相手は未知なんだぞ。わかっているのか」

「っすみ、ません」

「喋るなバカ。黙って聞け」

「っ……」

「オレの補佐が聞いて呆れる。お前は自分の技量もはかれない三流か。まったく、人を絶望させるような行動をして、それで得るものはあるのか?」


ナナリーは苦笑を浮かべていた。
ツバサはリカに仮眠室の手配をさせる。医務室はいまだ修復できていないためだ。怪我の具合を見たあと、ツバサはすぐに治癒能力をかけた。不老不死を極める最中に他人の怪我も瞬時に治せるようになったツバサは、その異能でナナリーを完治させる。酷い怪我であったのに、ものの数分で跡形もなく治ってしまった。通常の治癒能力者でも今の怪我は何時間も費やすというのに。
腹部が一番酷い怪我だったが、彼女の怪我はそれだけでは済まされていない。
ツバサが各所の怪我を完治させる間もリャクは怒っていた。

ナナリーの治療を済まし、仮眠室へ運ばせたあと廊下で待機していたカノンとウノがそれぞれ補佐と共にツバサとリャク、リカのいる会議室へ入っていった。サクラを除いたボスとボス補佐が揃う。


「ナイトが駆けつけてすぐ、その美紀とやらは撤退したそうだ」


ウノが開口一番に言う。ナイトは頷いた。カノンはフン、と鼻を鳴らす。


「奴らとはもう穏便には事を運べないところまで来たな」


組織内部への直接攻撃。しかも負傷したのはボス補佐だ。ボスの次に権限をもち、その実力もボスに次席する人物。それへの攻撃は、組織のプライドにかかわる許しがたい行為だ。


「奴らを殲滅しよう」


そう進言するのは、紛れもなくツバサに私利私欲の塊と称されたカノンであった。