ウノ・ヒエンズ



「ツバサ! ラカールとチトセがいなくなったと……、おお、ソラ! おかえりなさい」



足音もなく、医務室の出入り口から低い男性の声がした。その声は限りなく優しくて、安心する。オレはその声を聞くと何を考える前に振り向いて、彼の名前を呼んだ。



「ウノ様!」



記憶を忘れてしまっても、彼の名前だけは忘れなかった。彼はオレを助けてくれた恩人。そして紛れもない。オレたちのボス。「能力者を超えた能力者」と呼ばれるウノ・ヒエンズ。



「ただ今かえりました」

「いやぁ、よく無事で帰ってきてくれた!」



ウノ様の声が弾む。
ウノ様に肉体は存在しない。今は魂を人形に定着させ、浮遊している。人形の大きさも15cm程度しかない。かなり、とても、非常に、独特な風貌だ。



「それより、ラカールとチトセって……」

「あなたの同僚であり、私たちの仲間よ。ソラ」



遅れて、リカと共に医務室に入ってきたのは目付きの鋭い女性。格好はスーツで、キリッとした雰囲気は近寄りがたさを感じさせる。感情をこもらせないハッキリした声に聞き覚えが確かにある。あの人は……。



「久しぶりね、ソラ。私はナイトよ。覚えてる? ウノ様の補佐をしているわ」



ああ、そう。ナイトだ。ナイトには散々お世話になった。主に生活面で。
しかし、思い出される記憶に浸る暇はない。同じ暗殺部のラカールが誘拐され、チトセはそれを追っているらしい。ミントは毒に侵されて眠ったまま。



「ウノ、話はリカから聞いた?」

「ラカールとチトセがいなくなったことはな」

「俺も今ミントからその話を聞いたばかりで状況は掴めない。探ってる最中だから待っていてほしい。アイを中心に探させてるからすぐに見つかるとは思うけど」

「……そうか。なら待とう。ラカールとチトセのことだ。死にはしないはず。……それにしても医務室は酷いことになったな。戦った痕跡もある」

「医務室の管轄はあのミドリムシだから経費はあっち持ちだし、そのへんはどうでもいいけどね。代わりはすぐに用意できるしさ」

「もう少しリャクと仲良くなれんか……ったく。で? ラカールを拐った奴らに心当たりはあるのか?」



少し雑談を交えてからウノ様は心配でしょうがない二人に関する質問に深く踏み入れた。ツバサはまだ無事である椅子を引っ張ってきてミントの様子を見守りながら頬杖をついた。



「心当たりね……。この組織を目障りに思ってる組織なんて山ほどいるよ。そのなかでも緊張状態にある組織も少ないとはいえない。顧客が多ければ、そっちもそれなりに存在する。そのなかで特定するのは難しいけど……」

「ツバサは医務室の中を再び確認した」

「こんなにも散らかして、それでも監視の目には引っ掛からなかった。この組織は強力な術で常にセンサーが張り巡らされているのに。気付けなかった。と、いうことはあちらはそれ以上の術を用いたということ」

「そうなるな。魔術師か封術師か。封術師が有力だろうな」

「そうだね。俺が把握しているなかで、あのナナリーの術を掻い潜れるほどの封術師がいる組織は『黄金の血』しか考えられない」