ツバサと明



「明は自分達の存在をツバサに伝えろって言ってた。確かに伝えたよ。……ツバサは明とどういう関係なの?」



多重能力者のことなんて分からない。とにかく明との約束を守る。そしてオレが気になっていることをツバサに直球で聞いてみた。すると、報告書に目を落としていたツバサは端整な顔を持ち上げて微笑んだ。いつも顔に貼っている表情だ。



「俺のことを知ってる人なんてこの世にたくさんいるよ。この組織なんて歴史が浅いし、それ以前はあちこちを点々としてたんだからね」



……なるほど。
たしかにツバサの言い分には納得だ。うん。しかし、明とツバサとの関係が非常に良さそうに思えた。明たちの存在をツバサに報せる。それだけで明はツバサが動いてくれると確信しているのだ。
一方、ツバサは明という人物とはそれほど深い関係にあらず、顔見知り程度だという言い回し。
食い違いがある。ツバサはこれを知らないだろう。――いや。違う。違う。この規格外の異能者はオレが今、疑問を抱いていることを知っているはずだ。そして、オレが明の言葉を信じることも、すでに予測ができているはず。



「報告書ありがとう。文章は下手くそだけど、初めて諜報部に報告書を提出するにしては上々」

「悪かったね、本読まなくて」

「この部屋に本たくさんあるから借りてく? 頭が良くなるよ」

「借りてもどうせ読まないから遠慮しとく」

「言うと思った」



オレを試しているのだろうか。喉に引っ掛かっているような異物の感覚があるものの、これ以上聞いたところでツバサは答えないだろう。



「おーい、聞いてたでしょ、そこの三人組ー」



ツバサが出入り口がわの斜め上方向に声をあげた。ツバサが向いた先には、床と水平に設置された板があった。ただの板が設置されているのではなく、その板には透明な階段が取り付けられ、一般家庭の居間より一回り、もしくは二回りも広い空間がある簡易的な二階が設置されていたのだ。



「はい、しっかり盗み聞きさせていただきましたよ」



と、その二階から女性の声。二階から顔を覗かせたのは金髪の透き通るような蒼い瞳をもった少女だった。綺麗に整えた金髪には赤いリボンが絡めてある。少女に続いて彼女と同じ年齢ほどの銀髪サングラスの少年と、赤髪の目付きが鋭い少年が顔を見せる。



「そこで暇してるならちょうどいい。仕事」

「い、嫌ですよ!」

「そこで暇そうに読書してるじゃん。シドレたち」

「暇じゃないんです! あの、こ、これは……っ」

「休憩! 仕事の休憩中なんだよ!……仕事って敵地の捜索だろ……めんどくせえ」

「ナイスですワール! しかし最後の一言はツバサさんに届いてますよ……」



どうやら金髪の少女はシドレ。赤髪の少年はワールと言うらしい。彼らは一生懸命になってツバサの依頼を断ろうとしていた。だが「諦めろ」とサングラスの声。「だよなぁ……」と諦めるワールをシドレが不満そうに睨んだ。
ツバサが報告書を差し出すと二階からワールが飛び降りる。ダンッと音をならしてツバサの元へ寄ると報告書を受け取った。



「給料あげろよ」

「結果次第かな」

「上等!」



ワールに続いて軽やかにシドレも飛び降り、サングラスは階段を降りてきた。サングラスに向かってシドレが「アイ」と呼んで文句を言っているので彼の名前はアイだろう。三人が部屋から出ていくと、ツバサが「さてと」とこちらを向く。なんだなんだ。



「俺はこれからミントの様子を見に医務室へ向かうけど、ソラはどうする? ついでだからエレベーターに乗せるよ」

「オレもミントのところに行く。……でもリカとサクラはいいの?」

「いいよいいよ。どっかで魔術や召喚術使って盗み聞きしてるんだから」

「ツバサは補佐を付けて歩くという習慣をつけた方がいいんじゃないの」



ボスとはボス補佐を連れる。と、ルイトに習った。ツバサもボスなら例外はないだろう。すると先ほどリカとサクラが消えた方から二人が出てきた。手に頼んだものはなく、ツバサが人払いをした意味を知っていた様子だった。あまり明たちのことは聞かれたくない話なのだろうか。



「ソラの言うとおりだぞ。ツバサ」

「あのボス、何度いっても聞かない。長生きのしすぎで脳ミソ腐ってるんじゃないのか」

「サクラ。君は今からシドレとワールとアイの手伝いをしておいで。タダ働きだからね」

「ッチ」

「……ツバサの自由奔放もそうだが、サクラはその毒舌を自重しなさい」



リカはため息。サクラは舌打ち。なんと不思議な主従関係だろうか。
結果、オレとツバサとリカの三人でミントの様子を見に行くことになった。