多重能力者


「とりあえず、これがうちの報告書ね。アンケートみたいになってるから質問に添って答えてもらえればいいよ」



オレの正面にツバサが座り、サクラが持ってきた紙とペンを受け取る。それをオレに見せながらペンを差し出したので受け取った。ツバサの座るソファの後ろにリカとサクラが立ったまま待機している。ボス補佐の仕事は大変そうだ。
さて、と。紙に目を向ける。確かにアンケートらしくなっている。明と光也、美紀のことを思い出しながらオレは質問に従ってスラスラと文字を書いていく。時間をかけて書いて、書き終わったあとにこれが後藤さんと雄平がいた世界で使っていた日本語ではないと気がついた。いつの間にこんな文字が書けるように……いや、もともとオレはこれを書くことができたんだ。つい先程まで忘れていただけで。



「できた」

「はい、ありがとう」



ツバサは報告書を受け取り、それを読み始めた。はじめはソファに背を預けていたが、次第に膝に肘をつけて前のめりになって読み続ける。そして読み終わるとリカとサクラに報告書を渡した。



「これファイルに入れてきて。あと紅茶もよろしく。話が長くなりそう。ソラは紅茶飲める?」

「飲める。甘いやつがいい」

「相変わらず甘党なんだね」



ツバサに指示されて二人はこの部屋から繋がる別のへやへ出ていった。オレにはツバサが意図的に二人を追い出したように見える。



「明……と会ったのか」

「?」



やはり知り合いか?
一人言のように呟いていたのだが、オレにその言葉は聞こえた。
ところがツバサは何事もなかったように話を始めた。



「なるほど。相手は多重能力者ね。でも多重能力者はどう考えても存在するはずがない。ソラが清廉潔白な少女だって言われるくらいあり得ない。ソラが無垢な少女だって言われるくらいあり得ない」

「そんなに言わなくてもいいじゃん。……反論はしないけど……」

「多重能力者の存在はまず無い。断言できる。今のこの世界には存在しないよ」

「オレみたいに異世界を渡ったのかもしれない」

「異世界を渡る術を持つのはこの組織にいる一人の魔術師以外にこの世に存在しない。脳の要領を裕に越えている。きっと多重能力者に見える異能を持ってるんじゃない? その明っていう子」



……まさか。否定しようと思ったが、多重能力者が存在しないのは常識。目の前でみたものをありのまま受け入れることを今は自分で自分に疑問を抱いている。ちら、とツバサを前髪の隙間から覗いてみたが彼の表情は報告書が間を邪魔してみることができなかった。