帰投



ミルミがミントの怪我を懸命に塞いでいる頃、前方から白衣の男性が近付いてきた。シングが挨拶しているところから、仲間なんだろう。薄い色素の髪が外側に跳ねた髪型をし、知的な銀縁の眼鏡が胡散臭い笑顔によく似合う。人をからかうのが好き、という雰囲気が滲み出る男性だ。



「えー……サレンが着たんですかぁ」

「おやおや。私が嫌いですか? 傷付きますねぇ」

「だって私よりサレンのほうが空間転移が精密じゃないですかー! 私の出番が……あいたたたたっ」



頬を膨らまして拗ねるミントと、心にも思っていないことがホイホイ口から流れる外跳ねの男性。ミルミが「怪我人は大人しくしてください」とピシャリもミントの口を抑える。



「ミルミ。ミントは医務室に運ぶので大丈夫ですよ。お疲れ様です」

「いえ」

「さてと。ミントは医務室。シングとミルミは傭兵部補佐のエテールのところですね。ソラはウノ様のところに転移させればいいですかねぇ?」

「いや。ウノ様には俺とミルミが報告しておく。どうせ報告することは同じだ。ソラはツバサのところに頼む」



外跳ねの男が空間転移先を確認する。シングは外跳ねの男の提案を断ってしまった。いや、諜報部のミントが明たちのことを報告できないのだからオレが報告するつもりでいたが……。シングが気を利かせてくれた。助かる。シングに礼を言う。



「えぇ。わかりました。ではその通りに」



恭しく外跳ねの男は一礼してみせた。そして魔術の詠唱を開始する。フッとすべての空気が動きを止めたような静寂。そこには何もないようなポッカリとした穴が開く。呟くように言葉を紡いでいく男。
彼の詠唱はすぐに終わらなかった。数十秒の詠唱が終わると、緊張感などまったくない「跳びますよー」の声。その刹那、全身にのしかかる重力があった。人を担いだような重さを感じるのではなく、頭のてっぺんから足の先まですべてが重たくなったのだ。視界は歪み、その歪みがなくなったと思ったらオレは見知った廊下に立っていた。



「おや。ソラではないか」



後ろから声がして、振り向く。そこには艶やかな黒髪をツインテールにし、黒いゴスロリを着た少女と、紫が混じった髪で右目を隠す青年がいた。その後ろには携帯電話でどこかの誰かと話をしているツバサが背中をむけている。



「ツバサは仕事の電話をしているんだ。小声で頼む」

「ああ……うん」



ちょっと待って。誰?
えっと、ツバサがいるから諜報部だと思う。ツバサはボスだから……補佐?



「ボス補佐?」

「ああ。忘れていた。ソラは私たちのことを忘れていたんだったな。私はリカ。ツバサの補佐をしている。よろしく。こんな姿だが成人だ。よろしくな」



オレの胸下くらいまでしかない身長なのに成人といわれても納得いかないところもあるのだが、この落ち着いた雰囲気が納得させられてしまう。彼女にもそれなりの事情というものがあるんだろう。



「私の容姿がこんなにも幼いのは呪いだ。まあ、ソラの呪いとはまた別物だがな。それで、こっちの前髪が長いのは……」

「サクラ。リカと同じ」

「ちなみにサクラが右目を隠すことに特に意味はないんだ」



リカはふふ、と笑う。今のは笑うところだったのだろうか。サクラは無表情だ。やる気のない目がそっぽを向いて「リカのギャグセンスが皆無で悪い」といった。