不良の集うトンネル



怪しい。いくらオレが記憶喪失で過去の自分を知らないからって、自称友人のシングとミルミのあとについていくことなんてできない。登場した瞬間から怪しいことこの上ない。今日はなんなんだ。厄日か。オレなにか悪いことしたのかな。心当たりがない。それにさっきのイヤホン野郎のこともあり、少しだけ身の危険を感じた。さっき「イノウシャ」だなんてわけのわからない話をしていたし、信用するわけにもいかない。

逃げるか。

そう思ったら行動は早い。さっき開けた窓へ駆け寄った。ベランダに包丁を捨て、すぐ近くの木に飛び移る。後ろからシングの驚いた声がした。だがチラリと目を向けるだけでオレは地面に着地し、全力で走る。一瞬だったが、アパートの階段を上るイヤホン野郎を目撃してしまった。オレのほうが気が付くのは早く、壁で視界が途切れるころにイヤホン野郎の顔がはっとした。はっきりと見えた。
なんだかここ最近、やはり目の調子がいいようだ。視力に限らず動体視力も良いようだ。――良すぎるような気もするが。

オレが向かう先は街。の、はずだったが、足は人気のない木の生い茂るトンネルへ向かっていた。葉は枯れているものもあり、静けさを感じさせている。



「なんで、オレこんなところに来たんだろう。……、うわ、トンネルの中に不良がいる」



トンネルの中でゲラゲラと笑いながら騒ぐ不良を見つけて、行きたくないなあ、と思うもののここまでしばらく一本道だった。最後にみた分かれ道に戻る頃にはシングたちがそこにいるだろう。ここを通らないと彼らから逃げ切ることはできない。
なにもしない、怪しくない通行人Aであるオレに不良たちが絡んでくる理由はない、はず。だって通行人だ。なんの悪いこともしていない善良なる一般人なのだ。勤勉なる学生なのだ。万が一なにかあってもなぜが鍛えられたこのからだでなんとかなると信じている。

意を決して足を動かした。彼らに追いつかれないように。トンネルのなかに足音が響いた。中間に差し掛かるころ、アルコールの臭いとたばこの独特の臭いがした。うえっ。



「あ、女子高生はっけ〜ん」



見つかった。
見つからないで抜けるのは無理というものだが……。



「ねえ、お嬢さん。どこに行くの? あのさ」

「すみません、急いでるんです」

「そんなこと言わないで、ちょっと遊んで行こうよ。この通り俺ら男ばっかでむさくるしいんだよねぇ」

「急いでるんですけど」

「わぁお。俺、気が強い女の子って大好き」



そう言って一人の不良少年がオレの肩を抱いた。周りは口笛などを吹いて茶化している。
別にコミュ障でないのはいことだし、ナンパもやめろとはいわないのだが、オレは今、本当に急いでいるのだ。不審者が自宅に来たら逃げる。オレは現在進行形で不審者から逃げている。こんなところで時間を浪費している場合ではないのだ。
ここは強引にでも彼らの手から逃れる他ない。今、オレの肩を抱く不良Aはなかなか離れてくれそうにないのだから。