イヤホン野郎の追跡




「じゃあソラ。私はここまでだから。送ってくれてありがとうね」

「ああ……うん。また明日、後藤さん」

「? どうかしたの? 調子が悪いの?」

「いや、大丈夫。姉ちゃんの帰りが心配なだけ」

「ソラのお姉さん、まだ帰ってないの? そろそろ警察に連絡した方が……」

「もともと帰りが遅い人だったんだけどさすがに心配だし、今夜は連絡するよ」

「うん、その方がいいって。お姉さん、見つかるといいね」

「そうだね。また明日」

「うん、またね」



後藤さんと互いに手を軽く降って別れた。ピョンピョンと跳ねる後藤さんの髪がなぜか目に焼き付く。
行方不明になった姉も気になるのだが、現在オレが気にしているのは姉のことではない。後ろに、あとをつけてくる人間だ。恐らく校門の前にいたイヤホン野郎。なぜ後をつけてくるんだ。オレにはなにもないのに。

もしかして記憶を失う前に知り合っていた人なのだろうか。
オレは数ヵ月前、記憶を失った。事故で。すべてが白紙に戻されたわけではないのだが、オレは事故以前の記憶を手放していた。
いや、しかし知り合いならなぜ話しかけてこないんだ。躊躇する理由なんてないだろう。たぶん。なにも話し掛けずについてくるだけだなんて、怪しい。

歩調を早くして、安いアパートまで急いだ。撒かなくてもせめて帰れればいい。あとのことは家でじっくり考えさせてもらおう。

角を曲がり、曲がり、曲がる。錆びた階段をタン、タン、タン、と昇った。部屋への鍵はすでに手の中。あとは開けて、中に入る。鍵を閉めてチェーンをつけた。案外冷静にここまで運べた。ドアの向こう側で足音が止まった。うわ、舌打ちが聞こえる。

「おい、逃げたぞ。……いや、見失ってない。家だ。逃げ込んだ。早く――」げ、仲間がいるのかよ。携帯電話で連絡をしている声がする。足音は遠ざかった。オレはカラの鞄を床に奥と、ガラスのコップを手にとって蛇口を捻った。水をコップの八割まで溜めると、それだけを口につけ、飲む。なんだか疲れた気がする。今日はもう、大人しくしていよう……。

コンコン。



「……?」



窓を叩く音だ。優しめに。イヤホン野郎のこともあるから、慎重に振り替える。左手にはコップに入れ換わって包丁だ。万が一。脅し程度にはなるだろう。人間の道徳心としては最低だが、自分の身が危ないかもしれないのだ。正当防衛、そう。正当防衛なんだから、間違って殺っても仕方がない。さすがにそれはないかもしれないけど。

隠しもしないで、カーテンに触れる。ゆっくり、ゆっくり、開けた。