生者の沈黙
 

僕は海と空を視界にいれた。



「ソラ?もう仕事終わったから…」

「僕、石碑掃除してから橋に行くから先に行ってて!もしかしたら汽車の時間に遅れるかも。そしたら置いてっていいから。」

「ソラ、どうしたの?なにか変」「じゃあ先に行ってるな。行こうシャトナ」



魔女はミントの空間移動に頼む。もうじきミントたちが来るだろう。
レオはシャトナを連れてさっさと歩いていった。ここにいるのは捕まった魔女と僕だけ。



「まさか、本当にお墓参りに来たのね。」



僕の後ろにたつ魔女の影は不安定に揺れている。シャトナとレオの能力の一種で、いまの魔女には自由が限られている。



「いいじゃん、別に。」



ペットボトルに入れてあった水をハンカチに濡らして石碑を磨く。

すっごい汚れてる。
うわ、隣のおばさんの名前があるところなんかちょっと岩が削れてるし。



「でも、相変わらずあなたは嘘つき。」

「……。」

「海がひいてる。空も、最悪ね。」



魔女が快晴の空を見上げて嫌な表情を浮かべた。直後に遠くからミントが何か言いながらこちらに走ってきた。
近付くにつれ、その声ははっきりしてくる。



「魔女を回収に来ましたーー!!てゆかソラさん、早く逃げてください!!」



焦るミントを視界にはっきり捉え、ソラは困ったようにして笑った。



「やっぱ魔女の言うことは正しいよ。悪いことをして、咎められないのはおかしい。」

「……。」



魔女はソラに視線だけ寄越した。ソラは石碑を見ながらふっと笑みを溢した。



「ソラさん、津波が!!ブルネー島に向かってきているそうです!」



やっぱり。

こころの中で呟いた。



「じゃ、魔女よろしく。
僕は石碑をハンカチで綺麗にしてから行くね。」

「そう、ですか…?なら橋で待ってますので早く来てくださいね。」



きっとミントは薄々気が付いている。追及しないで、あっさりひくと魔女をみてから空間転移能力で消えた。魔女もミントの空間転移能力で消える。

ぽつんと砂浜に僕だけが立つ。

耳を澄ませばきこえてくるのは、低い海の唸る声。

そういえばお姉ちゃんの名前の意味は外国語で「海」だった。
僕の名前もこの島の文化の元となったはるか彼方の言葉の意味で「空」だとか。

物好きな両親だった。

石碑に刻まれた両親の名前を手でなぞる。



「ごめんなさい…。僕のわがままで、みんなを捲き込んで…。」



ざわざわと、鳥が木から空へ飛んでいく。

僕は空が大嫌いだ。
たくさんの顔をもつ、自由な空が大嫌い。
まるで同じ名前の"呪い"に縛られて生きる僕に自由を見せ付けてる様だから。

水平線が白い。

津波がブルネー島を襲うまであと少し。

さようなら、世界。

いっぱい嘘を吐いた。

いっぱい殺した。

未来は明るい。

たくさんの可能性を秘めている。

そんな夢物語、もう聞き飽きた。

ほら、世界はこんなにも真っ黒。

妖刀を握り締める。



「これでレランスの血が途絶えるのか…。これでブルネー島は信仰を完全に失って、沈む。」



そういえば僕は津波で、ここで死んだら死体はどこにいくのかな。

たぶんウンディーネ様が回収に来てくれると思うけど。

そのまえにサメに食べられたりして。


そんな事を考えてたらもう津波は目の前。

石碑に手を添える。

死ぬ前に大切な人の顔が浮かぶ、とか時間が遅くなったように感じる、とかあるけど。

……事実みたい。


潮風が僕の頭を撫でた気がした。



「ばいばい」



石碑の感触を手で確かめた。

水の音がうるさい。

ほら、津波がもう砂浜に乗り上げようとしている。

遠くで誰かが僕を呼んだ気がした。

振り向かず、大嫌いな空見上げる。

視界に潜り込むのは水。

そして僕は水に喰われて沈んだ。