切れそうな糸はどこに繋がる
 


談話室を抜けたソラ廊下を走って一階の物置小屋に入った。
そして力が吸い取られたかのように、閉じたドアに背を預けた。そのままずるずると床に座る。



「なに、これ…っ」



左目が、あつい



左腕が、変。



ソラは服の袖を捲って左腕の状況を見ようとした。だが捲ろうとした右手を止めた。



「……"呪い"が…ぁ」



手首までしかなかった訳のわからない文字は、ソラの左手にも刻まれていた。
ついさっきまでなかったのに、とソラは目を丸くしてただ、ただ驚いていた。



「どう、すれば…っ」



グラグラと焦点がずれてくる。
物置小屋が暑いだけではない。
ソラは全身にびっしょり汗を流していた。目の前に叩き付けられた現実。今まで逃げてきた現実がソラに追い付いてきた。

ツバサが言っていた。残り一ヶ月だと。

正直ソラは半信半疑だった。

しかしもう、そうは言ってられない。



「僕は…しぬの?」



誰に聞くわけでもない。ソラは呟いた。
反響することなくその声は消え失せる。
妙に虚しくなりソラは歯をくいしばった。



―――敗けてたまるか!!



殺られない。僕は生きる。僕は絶対に殺られない。ちゃんと、生きるんだ。
"呪い"なんかで僕を殺せない。
死んでたまるか。

殺れるもんなら、殺ってみろクソ魔女













「……まだ抗うのね」



海の砂浜に立っている女性はそう呟いた。空と海を混ぜた水平線を懐かしそうに眺める女性の背景には、綺麗に磨かれた、整えられた長細い岩。そこにはびっしり名前が掘られていた。



「私の呪いは、絶対解けないわ。」



女性―――、魔女は不敵な笑みを浮かべた。遠くに居る憎むべき人物、ソラを魔女が立つブルネー島から、見下す。



「島の人たちを殺した罪は、ソラの死を持っても有り余る。どうしてくれようかしら。」



魔女は憎しみを込めた、濁った瞳を水平線へ向ける。

相変わらず空はあおい。
相変わらず海はあおい。

魔女の鋭い視線も、このあおい世界にとっては痛くもかゆくもないらしい。



「絶対に殺してやる。生きるなんて馬鹿なことをもう考えられないくらい、踏みにじってやる。生かさない。絶対に、生かさない――。」



ソラとは真逆のことを口にする魔女は、砂浜に足跡を残して焼け焦げた町へ歩いていった。













近状報告を互いにやりあった四人のボスたちはソラの今後についての話題に変わっていた。



「このままだとソラは死ぬ。それは俺たち全員にとってデメリットだよね」

「不死の能力は利用出来ないのか」

「それはオレも考えた。だが能力の一部転移などを行えば何が起こるか容易に想像できるだろ。
それに不死はもともと他人を回復させる力などではない。」

「……魔女を殺す、という選択肢はないのか?」



ポツリと最後にウンディーネが呟いた。

研究が能力が魔術が次元が、となんだか難しい話に発展しかけていたノームは口を止めて考えるように両手の指を絡ませる。
これはノームの癖だ。

今の話題ではノームの天才または奇跡と例えられそうな頭脳と、ツバサの今まで生きてきた知識が必要となる。

シルフもシルフでカードを浴衣の袖から取り出して机に五枚ほど列べていて、右手を順番にカードと重ねたりしている。
恐らく異世界に存在する召喚対象となんらかの会話を行っているのだろう。



「シルフはどう思う?」



ツバサが目を閉じているシルフに問い掛ける。シルフは魔女と同じ死属性の持ち主だ。ただし、魔術師ではなく召喚師だが。



「言うまでもなく、術者が死ねば術者の生前にかけた術がすべて無に還られる。などという法則は効かんだろうな。」

「確かに。最上級魔術ならば解く方法はほぼ無いに等しい。」



追い討ちをかけるようにノームが言う。ウンディーネは「そうか…」と揺らぐ声で言った。



「最近の子は凄いよね。昔無かった属性をどんどん生み出していく。」



あ、ノーム以外ね。と付け足すのをわすれないツバサは他の三人の反応を無視して続けた。
もっとも、ツバサの言う「最近」は何百年前の事かわからないが。



「属性には絶対に穴がある。ノームのふざけた天属性以外は。
影に光を当てるとどうなる?
光は何を生み出す?
水は何処へ消える?
火は何処から生まれる?
時は何が在るからこそ動く?
空間は何が在るからこそ変化する?」



ツバサが水を飲んだ。

ノームはツバサの言った初めの方を記憶から抹殺して考え事をしていたが、数秒後に立ち上がり、部屋の隅へ歩いていった。