すべては研究対象
 


ソラは息を詰まらせた。
ツバサの言葉は温度が低いものであった。冷たく、言い棄てるツバサはソラがもつ刀を取り上げてベッドから降りた。



「……ああ、でも」



思い出したようにツバサが呟いた。ソラに向けていた背をくるりと返して逆になる。



「あいつからすれば世のすべてが研究対象なのかも。それに関しては狂ってるし」

「………」



ツバサがいう狂研究者とは恐らく大地の組織のボス、ノームの事だろう。
ソラが見る限りでは狂ったところは見当たらない。しかし人体実験など普通にしていて、いくつもの禁忌を平気な顔で行っていると噂では聞いたことがあった。



「モルモットなのは俺も同じか。あはははっ。なんか苛々してきた。」

「……もしかして、監視カメラの向こうに居るのって…ノーム、様…?」

「あったりー。
遅かったけど正解者にはなにかしてあげるべきだよね。ああ、別に痛くないから。そう身構えないでよ。悲しくなるじゃん。」



刀を振り回しながら笑みを浮かべたツバサは、顎に手を当てて何やら考え始めた。
すると突然ツバサの方からバイブの音が聞こえた。携帯電話だろう。ツバサはポケットから携帯を出して画面をみると何か打ち込んですぐにしまった。

ソラはじっとツバサを見ていたが、ツバサはすぐにソラへ顔をむけた。それはまた何か企んでいそうな色を含んだ表情だった。



「ま、さっさとここに来た目的でも果たそうか。」

「目的って、あのふざけた問題じゃないの?」

「酷い言いぐさ。」



直後だった。
突然ソラは傷口の感覚を失った。触感が無い。痛みが無い。
ソラは両手と足の切り傷を見るが、確かに傷口はある。感覚が無いないから怪我が無いのかと思った。



「いい事をしてあげる」



刀を振り回すのを止めたツバサは、笑った。
ソラは何をするんだと警戒した。
ふっと触感が戻る。
左手が痛い。
――――けど



「あ、れ…」



ソラを襲っていた右手と足の痛みがない。見てみると、そこには血は残っているものの怪我は見当たらない。



「他人も癒すことができるんだよ、不死って。」



ツバサが言う。
ソラには理屈はわからない。不死の力なんてわからない。
ソラはただ驚いた顔でツバサを見た。



「……斬ったり、治したり、何がしたいの」



よく聞いてくれました、と言わんばかりにツバサは嬉しそうな雰囲気を纏った。そしてまた近付く。今度は見舞い用の椅子を持ってきて、そこに座った。
ソラはあらかさまな警戒をした。体の関節が痛くてまだ動くことができない。

悔やむが、それは仕方がないこと。
昨夜、殺しに言っていないのだから。



「じつはねぇ、微生物であるノームとちょーっと協力すれば一時的に少しだけソラの寿命が延ばせるんだよ。」

「……うっそだー」



なにその何でもあり。
物語の設定というか、そういうの覆してどーすんの。

とでも言いたげな顔をしたソラをツバサは笑った。



「不死の本質ってねぇ、回復能力じゃないんだよ。まったく違うもの。
それにノームの天と聖属性を使えば"呪い"に抗うことが出来る。
……おかしいと思わなかった?」

「…何を…」

「どうして視聴覚室であんなに"呪い"の侵食を受けたのに回復がこんなにも早かったんだろうねぇー?」



ソラが口を開いたのと同時に、悪寒が襲った。ソラは悪寒を感じて口を閉じ、気を張る。

ソラが感じている悪寒は魔術師の魔力だ。

普段は血液のように体内を循環している魔力は、魔術を使用するときのみ体外へ放出する。

ツバサも感じているのだろう。しかもあらかさまにイライラしている。

ソラは知っている。
ツバサがこんなにも毛嫌いをしているのは一人しかいない。



「…おい、なんだこの大量の血は」



ノームだ。

ソラの横、ツバサとは逆の位置の空間がグニャリと、絵の具をかき混ぜたように歪んだ。
その歪みはすぐに直る。しかし直るとそこには一人、人間が追加されていた。
それがノーム。


ノームの第一声はツバサにむけたものだったがツバサは無視。
ノームはチッと舌打ちをしてソラを見る。血が出ていた手と足をみて、血で濡れるのを構わず触った。



「……治っている、ようだな。左手は治っていないか。
貴様、血を入れたか」

「入れた入れた。つか酷いよね、貴様って呼ぶなクソガキ」

「なんだと……っ」



口喧嘩を仕掛けてノームは引っ掛かりそうになるが、堪えて怪我をしているソラの左手に自分の手をかざす。

ソラは左手に痒みを覚えた。
ノームにかざされている左手の怪我はみるみる回復していった。そしてノームはそのかざしている手をソラの左腕にも伸ばす。口ではブツブツと呟いていて、ソラはこれが詠唱だと理解した。