道化師の笑顔
 


「やあやあソラ君。俺と自分の為にちょっと大怪我してくれない?」



貼り付けた満面の笑みのツバサが突然保健室に姿を現した。
―――彼の背後にある全開の窓を見ればすぐにどうやって入って来たのかわかる。



「は?」

「シングとミルミは退室してくれるとありがたいなぁ」

「………。どういうことですか。」



無表情をくるりとツバサへ向けてミルミは疑うような声を発した。ツバサは「簡潔に言うとね」と口をつりあげて、手を腰に当てながら言う。



「ソラの寿命はあとほんのわずかなんだよね。本人は気付いてないみたいだけどさ。」

「え…?ほんのわずかって…、どのくらい……」

「一ヶ月。」

「いっ…!?」



あまりにも突然の話でソラたちは頭がうまくまわらない。そこへ追い討ちをかけるようにツバサがまだ続けた。



「と、まぁ突然過ぎて驚くだろうけど、ソラがいまここに居ること自体が不思議だからね?」

「どういうことだ…」



ツバサは全開にしてある窓のさんに座り、目を丸くするシングを見ていた。ソラはそのシングにいいにくそうに口を開いた。



「……僕、本当は死んでるはずの存在なんだよ…。毎晩の連続殺人をする動機は、一日分の生命力の摂取が目的…。」

「摂取って、ソラはそんな能力ではないだろう…」

「妖刀…、だよ。」

「妖刀?」



ミルミが復唱した。それにソラは頷き、苦笑いを浮かべて妖刀の説明をした。



「刀の使い手…、人間の『生きたい』っていう欲望につけこむ、血で血を洗う刀だよ。これは。
僕の場合はすでに"呪い"に殺されているはずだから、余計にその欲が、ね…。」

「見事につけこまれたソラは妖刀の持つ"斬った相手の残りの生命力を奪う"力を利用してるわけ。
生命力を摂取しても"呪い"がどんどん打ち消すから毎日摂取する必要があったんだよね」



ソラの説明に付け足すようにツバサが言うが、シングは信じられないような顔をする。ツバサは納得していない彼らの背中を押して廊下へ出した。



「また会えるといいね」



あやしい、一言シングたちに残してツバサは廊下と保健室を遮った。

二人きりになった保健室。
もしこれが、互いを想い合う恋人同士の組み合わせであればベタな桃色の展開が待ち受けていただろう。
が。
ツバサとソラはただの仕事仲間に過ぎない。

それ以前にツバサは恋愛すらお断りだ。



「ソラ、明日集会を行うことについさっき決まったから。」

「……何から何まで唐突すぎてわけわかんない。」



ソラは冷静を保った。フリをしている。頭のなかでは混乱が渦巻き、どうすればいいのかわかっていなかった。
ツバサはソラのベッドとカーテンで仕切られた隣のベッドへ行き、そのカーテンを開けた。

ソラが見たのは、もちろんツバサと、ソラがもつ刀。しかしこの刀は妖刀ではなく、普通の刀だ。



「俺がここに来たときに言ったように、俺と自分の為にちょっと大怪我してくれないかな?」



ソラは硬直。

なんでそこに僕の刀があるの、とか、意味わかんない、とか、だから唐突すぎてわけわかんないって、とか、たくさんの言葉が脳裏に次々浮かんできた。

ソラは何度か口を動かして言おうとしたが、止め、だが言おうとして……。それを繰り返していると隣のベッドの上に座るツバサがクスクスと笑い始めた。



「まあ、俺をちょーーーっとだけ満たしてくれればいいから。」



音もなく鞘から刀身を見せた。
それは刀を使いなれたソラよりも綺麗な動きで、剣舞をするように見えた。だがツバサの目はどこまでも、どこまでも冷たかった。

すぐにソラは顔色をかえた。ベッドから抜け出して逃げようとしたいが身体のあちこちが痛くて動けない。

尚も近寄るツバサに冷や汗をながりながらソラは睨み付けた。



「……冗談でしょ…」

「これが冗談に見えるなら君は随分おめでたい頭をしているんだね?」



にっこり笑う笑顔は人を幸せにするものではなく、もっとおぞましいものだった。



「動けないようにまず手足を斬ろうか?あ、希望があるなら聞くよ?今の俺は十分正気があるし」

「見逃して欲しいんですけど、道化師[ピエロ]さん……」

「諦めな」



ツバサは変わらぬ笑顔で、冷たく言いすてると刀をきらめかせた。