水のボス・補佐
『……"呪い"の促進?』
「はい。詳しいことは本人に聞かなければ分かりませんが、私の見ていた限りでは報告通りです。」
職員用の寮で、携帯電話を耳に当てる女性。 彼女はナイトだ。
この学校の教師であるが、本来は殺し屋だ。 汚ない仕事を自らの糧としている水の組織所属。ボスの補佐……つまり秘書を担当している。ボスの次に強いと謳われている。
そんなナイトは能力者で、能力は"粉砕能力"。
触れていないものならほぼ全てにおいて粉砕が可能だ。
彼女が電話で話をするのは、本業の上司、ウンディーネだ。
昨夜、ソラを縛る"呪い"が促進した。 促進は別に珍しいことではない。ソラが吐血をしたり、息が急に荒くなるのは一週間に一度はあることだ。
ソラはルイトたちにはそのことを秘密にしている。
なぜならソラにとって、ルイトたちと同じ時を過ごすことは「僕は、ここに要る」と存在を改めるものであり、幸せ、だ。
いつまで続くのか分からないその残り少ない寿命。
ソラはその恐怖から幸福を見出だし、少なからず現実から目を背けられる…。
『……ふむ。今サラマンダー、ノーム、シルフで集会をまたやろうという話題があってな…』
「またやるんですか?」
『ああ。詳細はまだ決まっていないが、ソラを連れていこうと思う。』
「ソラを、ですか?」
『そうだ。当日のソラの監視はシャトナとレオに任せる。ナイトは私の変わりに本部で待機しててくれるか?』
「わかりました。」
『学校での監視はナイトに任せよう。引き続き頼むな。』
「はい」
ナイトが教師をしているのは、ソラの監視のため。
ソラは精神の部分が弱いところがある。
狂うのだ。
何かが引き金となり、極稀に狂ってしまうところがある。それは本人も自覚をしている。だから自分で自制をしているが限界があるためか、ソラからナイトに監視を頼んでいるのだ。
この監視は、ウンディーネを含め、組織のメンバー全員から了承済みだ。
『では夜も遅い。電話を切ろうか。』
「そうですね…。お休みなさい、良い夢を」
『おやすみ、ナイト。良い夢を…』
____________とある研究所
「ッてめぇ…」
『なんかさー、ノームって俺にだけ妙に短気だよね。ムカつくー』
「なんで電話してくるんだよ!!こっちは忙しいんだよ!!」
『身内を纏めるのに必死なんだよね。分かる分かる。』
「死ねよ!!サラマンダーの座をさっさと補佐に譲ってしまえ!!」
『え、嫌だ。』
「―――ッ、……ッ!!」
四大組織で犬猿の仲だと有名なのは炎の組織ボスのサラマンダー……つまりツバサと大地の組織ボスのノームだ。
レトロな黒電話の受話器を今すぐ元の位置に戻したくなったノームは、ひとまず言いたいことを呑み込んで深呼吸した。
大きな柔らかいソファを独り占めしていたノームは「で?」とツバサに話の続きを求める。
「オレに電話なんかして、用件はなんだ?五秒以内に答えろ」
『なんでノームみたいなアオミドロに命令されなきゃいけないわけ?つか五秒以内とか無理。あ、もう過ぎてるじゃん五秒。』
皮肉を言うツバサにだんだん苛立ちが積もりに積もりはじめ、ノームの体からバチバチと電流が目に見えて流れる。 ちなみにコレは比喩ではない。
「用件はなんだッ!?」
『うっさ…。 聞きたいことがあるから今回ミドリムシに電話したんだよ』
「微生物ばかり連呼するな。ノームと呼べ!!」
『ホシミドロうるさい。俺もアメーバの声を聞いたって幸福の断片もないからいうけど、』
まだ言うか!! と、叫びたい心を押さえ付けてノームは話の続きをさっさと言え、と促す。
ちなみにリャクとは、ノームの名前だ。サラマンダーがツバサであるように、ノームにも名前がある。 四大組織の各ボスは「ボス」という立場をサラマンダー、ノーム、ウンディーネ、シルフといっている。
ツバサの舌打ちが聞こえたあと、いつもと同じペースで淡々と言葉を紡いだ。
『今、大地の組織の人たちが集団でこっち来るんだけど、どういうこと?なに、宣戦布告?』
ノームはポカンと、した。全く訳が分からない、と数分の沈黙が訴える。
それを知ってか否か、受話器の奥からノームが聞いたことがある声がわずかにいくつか届いた。
『ちょ、どういう事!?僕、ナイトとレオとシャトナに言ってくる!!』『あ、……って、行っちゃった。落ち着いたと思ったら…はぁ。』『ツバサさん!集団、南区に到達しました!!』『…………トラックの数、三台。何人乗ってるかしらねーけど』『無責任だぞサクラ!!おい、アイはどこにいる!?ミント、探してこい!!』『は、はい!!』『中央区に入りましたっ!!学園到達まであと30分くらいかと』
『……で、こういう事なんだけどさぁノーム』
「…、一体…。トラックにマークは」『バッチリ。大地の組織』「クソっ!ナナリー!!」
勢いで受話器を電話に戻し、ノームは補佐の名を呼びながら立ち上がった。
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