記憶喪失少年
 



(――――どういう、事……?)



辺りがしん、と静まりかえった感覚がソラにあった。
ソラの傍にいるレイカも一切の動きを止めて耳を澄ましている。

ソラたちはジンの部屋に入るために音をたてずに扉を開けた。
仕事柄でソラは暗殺をしているから音をたてずに入ることは朝飯前だ。

ジンの寮部屋に入り込む事に成功したソラたちは、ルイトとジンの話し声がする空間を遮る壁に背中をくっつけた。

ソラたちが硬直したのはその直後だ。

ルイトの言葉は、それほどまでに衝撃のあるものだった。



"記憶が、少し戻った"



そう言った。
ルイトは、確かにそう言った。



(どういうこと…?
きおくがもどった?)



「マジか!?」

「ソラの部屋に入った時、急に…。あまり好ましい場景ではなかったけどな」

「そうか…。でもここに来てやっと戻ったか」

「あいつの勧めは正しかったな。納得しがたいけど。」

「まあそれには同感。つか俺、昨日あいつに会ったけど忘れてたし。」

「そりゃ駄目だろジン」



世間話をする二人の会話はソラの頭に入らない。

冷や汗がソラの顔を走った。



(ルイトは、もしかしたら………、僕が、予想した、通り、あの時、の、生、き残り、か……?

記憶が無くなっていたことに感謝すべきだな。もし、島でのことを思い出したら、その時は―――)



           殺

           さ

           な

           き

           ゃ



ガタン

その時、すぐそばで物音がした。
ソラが物音の先をみれば、そこには膝を床につけ、ペタンと座り込んだレイカがいた。

物音の犯人はレイカだろう。

彼女の眼帯を付けていない左目が涙を流しながら揺れている。身体中、汗をかいていて、震えていた。



「誰かいるのか?」



警戒心が込められた低いジンの声がソラに届くより前に、目の前の扉が開いた。
つまり、廊下への出口。



「あれ、君たちこんな所で何してるの?」



入ってきたのはソラがつい先ほど別れたばかりのツバサだった。

なぜ、ツバサがここに来たんだ、とソラはツバサ睨んだ。



「……ツバ、サ…………っ」



レイカの高い声が、確かにツバサの名を紡いだ。

ぽろぽろと涙を流し、すぐに声を抑えて泣き始めた。

ソラは呆然と立ち尽くす。

泣き声を聞いてルイトとジンがソラたちの元へ駆け寄って来た。

ツバサはレイカの背中を擦り、震える手を握ってレイカに話し掛けている。
その声はレイカにだけ聞こえるような声で、ソラとルイトとジンには聞こえない。



「なんでソラたちが…、つか、レイカどうしたんだよ…?」

「……僕たちはルイトたちを夕食に呼びに来たんだよ…。それで、急にレイカが……。」



普段、ルイトたちの前ではふざけているソラが珍しく真面目な声音でしゃべった。


































泣き止んだレイカを押しながらツバサはジンの部屋に入り、レイカをベッドに座らせた。

ツバサの後に続いてソラたちも中に入る。

泣き止んだがまだ身体が震えるレイカの隣にツバサが座り、引き続き背中を擦って安心させる。



「―――で、」



ツバサがルイトとジンの方を向いた。



「ルイトたちはどんな会話をしてたわけ?」

「えっと…」「記憶が戻った、とか…。ねぇルイト、どういうこと?」



顔を床へ向けているソラが、口をにごすルイトのすぐ後に言った。
からだは一切動かない。
前髪で表情は分からないが、ツバサはそのソラを見て目を細くした。



「ソラ、落ち着きな。」

「でもサラマ……ツバサ!!」

「焦る気持ちは分からないわけじゃないよ。けど、ソラはまず落ち着け。いいね?」

「………」



――――――ルイトが、もし、もしかしたら…『―――殺すの?』



(…………え?)

『あなたはやっぱり、生きているべきではないわ』



突然頭に響いた"呪い"の声は、それだけ言って消えた。
あまりにも突然で、ソラはその言葉の処理がおくれた。



「ソラ…、やっぱり話を聞いてて…」

「もうこの際だから言っちゃいなよルイト。」



どうせ、もうすぐ話すつもりだったんでしょ?

とツバサが言う。それにルイトは素直に頷いて、重そうな口をゆっくり開いた。