煙幕から奇襲
 


夜の風がふわりとフラーウスの黒い髪を撫でた。月と類似する金の瞳が風の吹いたほうを見る。そこには奪還屋のルベルが立っていた。



「なんで突っ立ってるの?」

「何を見てんだろうなって」

「月を見てたんだよ。で、仕事の説明とか確認はいいの?」

「電話で一回しときゃそれで十分だろ。それにいくら計画を立てたってハプニングは起こるんだ。話すだけ無駄だろ」



経験が圧倒的に少ないと理解しているフラーウスがルベルに口出しをすることはほとんどなかった。二人は歩きながら女帝と皇帝のいるレストランへ向かう。目的地までの距離は短く、時間は15分もかからなかった。
レストランが見えるとルベルはコートの内側にしまってあった小銃を取り出した。



「俺が最初に入って監視カメラぶち壊して煙幕を投げる。お前はその隙に女帝のバッグを奪え」

「うわ、強盗みたい」

「必要な物を取り出せばそれでいい。あとは女帝に投げ返せばいいだろ」

「そう……。わかった、了解。ルベルに従うよ」



袋から刀を取り出してフラーウスは頷いた。頷いたフラーウスを見て、ルベルは少し唸ったあと絞り出すような声で「なあ」とフラーウスの目を自分に向けさせた。



「昨日怪我しただろ。大丈夫なのか?」

「アザとかすり傷程度だよ。心配することじゃない。ルベルの足は引っ張らないから大丈夫」

「最悪見捨てる、なんてことはしねえけどよ……。なんつうか、フォローはするから」

「フォローだなんて。僕はルベルの手伝いをさせてもらうんだよ。普通、逆じゃないかな」

「仕事さえこなせばいいんだよ。煙幕の説明をする。この煙幕には毒が混ざってるんだ。まあ、睡眠薬なんだけどな。眠くなるなよ」

「急げってことだね」

「そんなとこだ」

「わかった」

「よし」



ルベルはコートについているフードを被った。左手に小銃、右手には手榴弾に似たものが握られる。彼が真っ先にレストランのドアを潜る。ほんの少ししてから銃声と客の悲鳴が、数メートル離れたフラーウスの耳にも届いた。立ち上がり、鞘を持つ左手に力を込める。地面を蹴ってレストランまで急ぐと、中は初めよりも静まっていた。手で口元を抑えながら慎重に進む。
ところどころで人の声や物音がするものの、フラーウスに対しては害がない。しかし視界の悪さや聞き分けるころが難しい物音が邪魔をしてフラーウスの目的を邪魔する。遠目から見たときに女帝と皇帝の位置は確認済みだ。フラーウスは記憶に頼り、警戒心を一層高くさせる。頭がだんだんと重くなることを意識し始めるとはっとして、舌を噛み、なんとか自信を覚醒させようと努力した。



(あ、あれかな)



視界の中央にぼやけたバッグが見えた。あれは確かに女帝が持っていたものだ。すっとそれに手を伸ばそうとしたとき、バババンと銃声が鳴り響いた。フラーウスは肩を震わせる。まだ起きていた数名の客やスタッフが悲鳴をあげたが、それに反応するものはいなかった。続けざまにシャキンと刃物が擦れる音がする。



「っち、てめえ女帝か! どけ、くそマフィア!」

「誰にお願いしているのかしら。それに女性にむかって『くそ』とはデリカシーがないわね。奪還屋」

「マフィアなんかにやるデリカシーなんかこれっぽっちもねえんだよ!!」



聞こえてきた声の男のほうはルベルのもの。もう片方の女性の声は聞いたことがない。ルベルの会話のなかで「女帝」というものだから女帝に間違いはないだろう、と推測してフラーウスは自分のやるべき行動を続行した。手を伸ばす。しかし阻まれた。手刀が邪魔をした。手刀が伸ばしたフラーウスの手を攻撃したのだ。フラーウスが手を引いたときにはすでに遅く、二発目の攻撃が襲った。