電話
 



「昨日は助けてくれて、ありがとう。奪還屋さん」

『あー……、ああ。お前、こっち側に来ることになったのか』

「考えた結果、まだ答えは出てないんだけどね」

『覚悟はしてるんだろうな』

「してる」

『まあ深くは追求しねえけど……。今夜お前と一緒なんだってな。ロズから聞いた』

「伝言屋さんだね。だからそのことで少し話をしておきたくて……」



フラーウスはベランダの柵に肘をついて暗くなる空を眺めながら携帯電話の先にいる奪還屋に話をする。ときどきクルクルとハンガーを回して遊び、飽きたらベランダの柵に人差し指を滑らせた。
つつつ、と滑らせた指を何気なく見た。指先がほのかに黒くなる。

フラーウスはルベルとほんの数分間だけ会話を交わした。用件が終わり、通話を切ろうとしたときルベルが『それと』と話の続きをした。



『奪還屋、とか長ぇから俺のことはルベルだけでいい』

「ルベルさん?」

『いらねえよ』

「年上を呼び捨てにするのは、ちょっと……」

『別に俺が聞きなれてねえからいいんだよ』

「はいはい。ルベルね」



口を尖らせたようなルベルの言い方にフラーウスは喉の奥が鳴りそうになった。子供らしいところがある青年だ、と。下手に威張ったりしないで話をするルベルに好感を抱き、フラーウスは全ての用件を済ませて電話を切った。
そろそろ風が冷たくなる。フラーウスはベランダから部屋の中に入った。すでに着替えは済ませてあるし、夕食もとった。

ルベルと話をした合流地点まで行かなくてはならない。



「白華ー」

「なに」

「あ、いたいた。あれ、右都は?」

「日記書くって部屋にこもった。寝る前に書けばいいのにな。……で?」

「僕もう出掛けるから、あとは宜しくね。変な人が来てもドアを開けちゃだめだよ」

「変な人が来たらドアを開けたりはしないだろ」

「ごもっとも。それじゃあ行ってきます」

「右都に声をかけなくてもいいのか?」

「忙しそうだしね」

「ふうん……。帰りは早い?」

「わからない。未定だけど連絡はするよ」

「わかった。いってらっしゃい」



腕立てをしている白華に声をかけてフラーウスは玄関に向かおうとしたが、なにかを思い出したようにふと立ち止まった。
その足が向く先には昼間家からとってきた荷物のほうへ。隣に刀を入れた刀袋を置いてゴソゴソと両手が中を漁る。「あったあった」とすぐにその手は長方形の革製品でできた小さなポーチを取り出した。手のひらより一回りはあるそのポーチにはベルトが取り付けられており、フラーウスが揺らす度、カチャカチャと音を鳴らした。



「あげるよ。必要になったら使って。でもその前に訓練を受けた方がいいと思うんだけどね」

「なにこれ」



腕立てをやめて白華はそれを受け取った。開けると、中には細いナイフが何本も入っていて驚く。



「きっといまの白華には使うべきじゃないと思う。あの銀髪の殺し屋とかに教えてもらった方がいいと思うんだけど」

「使い方?」

「そう。刀だったら僕が教えられたけどナイフはあんまり教えられないかな。投げ方だったらいいんだけど……。使う?」

「使えるようになりたい」

「よかった。こういうのって目の前にあったほうがモチベーション上がるでしょ。でもまだ使わない方がいい」

「……ありがとう」

「どういたしまして。それじゃあ、改めて行ってきます」



フラーウスは白華に背を向けて玄関を出た。

取り残された白華はナイフを一本手にとって、その輝きを照明に照らしてみた。そして強く握った。