××の問題
 



「荷物はこれだけかな。……あとは」



翌日、フラーウスは家に生活必需品を最低限持ち出していた。フラーウスと白華のぶんを確保したあと、フラーウスは両親に別れを告げた。ふたりとも口を開くことが出来なくなった遺体と言葉は交わせない。しかし、ふたりにはフラーウスの気が済むまで語りかけた。
荷造りをするよりもそちらに時間をとられ、フラーウスが我に帰ったときには正午になっていた。家に訪れたのは朝早く。予想外に長く居たな、とフラーウスはどこか冷静な部分があった。
すぐに警察へ連絡。友達の家に泊まり、帰ってきたら両親が殺されていたという設定だ。その場に居たと言えば事情聴取などで右都と白華のそばにいられなくなり、守れなくなってしまう。それを防ぐための嘘だった。

夕方までにすべての用事を済ませたフラーウスは、何事もなく白華のいる右都の家についた。右都は今日も学校へ行くようで、朝に出ていってしまっている。もうすぐ右都も帰るだろう、と早めに夕食の準備をした。フラーウスは夜に仕事がある。その事を考え、刀の手入れも一応しておこうということや動きやすい私服とは何があったかと記憶を探り、ルベルに連絡を取らねばとも考えていた。



「フラーウス、もう夕飯?」

「いや、食べるにはまだ早いからね。夜に用事があるからいまのうちに作っておこうと思って。ああ、もうすぐ洗濯物も……」

「それ、あとは混ぜるだけだろ? オレがやるよ」

「ありがとう、白華。助かるよ」

「できることならオレも手伝うからなんでも言ってくれよ」

「そうだね、これからそうす――、何やってんの……?」



くるり、と振り返ると白華は隻腕で腕立てをしているところだった。片腕でしかバランスがとれなくて難しいようで、プルプルと震えている。腕を曲げても曲がりきらず。非常に不恰好この上なかった。



「腕立て!」



白華は苦しそうにいう。フラーウスは鍋のなかに突っ込んだおたまをつかって混ぜながら中のシチューを混ぜる、その手を休めないまま動機を聞いた。



「フラーウスばかりに頼るのも良くないと思って、筋トレ」

「もしかして僕が荷物をとりに行ってる間にも?」

「ずっとやってた。疲れた」

「急にやるからだよ。ありがたいけど無理しないでね」

「うん」



腕立てを止めて、白華はフラーウスからおたまを受け取る。ちょうどそのとき、右都が元気よく「ただいまーっ」と帰ってきた。
ベランダに洗濯物を取り込むため向かっていたフラーウスは、笑顔を見せる右都に「おかえり」という。キッチンから白華も「おかえりー」と返事。返事が帰ってきたことに右都は心から喜び、笑みを深くしてみせた。



「ね、なんでごはん早いの?」

「? 僕が夜から少し出るからね」

「へえー」

「どうでもいいけど、右都ってクラスどこ?」

「学校? 1年4組だよ。そうそう、今日学校行って思い出したんだけど、白華も同じ学校なんだってねー。たしか隣のクラス! あはははっ」

「そうなんだ。西区の中学校だよね?」

「うん、そう!」



よく笑う右都はフラーウスとの会話が途切れると、白華をからかいに行った。沸点の低い白華の怒鳴り声がしたが、右都の笑い声にかき消されてしまっている。

フラーウスは洗濯物を取り込みながら、右都について考えていた。性格が二面性あるような少女に、ある疑問が生まれる。もしかしたら、と不安定な確信をも得ていた。
首を傾けながらフラーウスは唸った。
洗濯物を畳む、と手伝いだす右都の目が細く、冷静にフラーウスを分析していることには彼は気が付かなかった。フラーウスには右都に対するある問題が浮上し、それどころではないのだから。