撤退
「俺はここまでだ」と言ってルベルがフラーウスを下ろしたのは、とあるビルの裏口だ。フラーウスは頭のすみに置かれていた右都のメモに書いてあった住所を思い出す。ルベルに下ろされた場所からの距離はかなり近い。
「ありがとう」
「仕事だからな。そんな礼はいらねえよ。怪我は大丈夫か?」
「これくらいの打撲なら一週間もすれば治るよ」
「ふーん。……ま、いいや。お前、一般人だろ? あんな奴らに関わったらまともな人生は歩めねえ。今なら間に合うだろ。少しでもまともな人生を生きたかったら今のうちに引き返せよ?」
「そうだね……。助言ありがとう」
「おう。じゃあな」
ルベルは軽く手を挙げ、小銃をコートの中に隠すと背中を向けて立ち去った。残されたフラーウスは刀を手に、すぐとなりのマンションへ立ち入る。メモを片手に、身体中の痣を気にしながら右都がいるだろう部屋のチャイムを鳴らした。 とたんにバタバタと足音がして、ドアを開けたのは白華だった。
白華はフラーウスを見たとたんに舌打ちをして、彼を招き入れた。フラーウスは苦笑をして中に入る。
「ピザでも注文してたの?」
「な、ぜ……それを」
「白華はわかりやすいからね。右都は?」
「ずっと制服だから着替えてる」
短い廊下を進むとリビングが姿を現し、すぐ隣にはキッチンが見えた。ぐるりと周りを見渡すとすぐ近くには別のドアが二つある。どちらか片方に右都がはいっているだろうことはすぐに予想ができた。 お世辞にも広いとは言えない。リビングで立ったまま、白華は少し言いにくそうに口を開いた。
「あの……、先生と奥さんのこと……。オレのせいで、こんな」
「別に気にしてないよ」
「でも」
「父さんも母さんも僕が幼い頃から仕事漬けでさ、あんまり話したことないんだよね。二人が嫌いだったか、っていうとそうでもないし、尊敬してるよ。父さんみたいな医者になりたいって僕が憧れるくらいには……」
「っ……」
「でも、ここまであっさり死んでしまうと案外そこまで悲しいとは思わなくて。白華が気に止むようなことじゃないよ」
「フラーウスがいくらそう言ったって、彼らはオレが殺したようなものだ……」
「……うん、事実は変わらないよ。でも患者のためたら命ですら捨てるくらいに仕事を大切にしてたから。父さんも母さんも」
「死んだら意味がないだろ」
「僕が両親の意思を引き継いだ。白華は僕が守る。事故で捲き込んでしまった右都も守る。あのマフィアたちをどうにかしてから彼らを想って涙を流そうよ」
「マフィアなんて、たった三人でどうにかなるのかよ」
「漫画みたいな革命が起こるかもしれないよ」
「……」
白華の肩を叩いてフラーウスは微笑んだ。沈んでしまった白華をなんとか元気付けようとする。白華は「すぐに元気にはなれないから、待ってほしい」とだけ言う。フラーウスは頷いた。
右都が私服で部屋から出てきたのはそれから間もなくであった。右都はフラーウスをみると「おかえりなさい」と言う。
「ピザはまだ届いてないよ」
「そっかー、残念。お腹ペコペコだよ。あははは」
「僕が軽くパスタでも作ろうか。ピザも食べるから少しでいいよね。右都、材料の場所を聞きたいんだけど……」
「やった! ありがとう! えっと、材料はね……。あ、君はそこら辺にすわってていいよ」
喜ぶ右都に手を引かれ、フラーウスはキッチンに入っていく。白華は大人しく座り、ふと思い出したように口を開いた。
「そういえば着替えるの遅かったな。何かしてたのか?」
「あ……、ほら、まあ、その……。プライベートだから!」
フラーウスはわかりやすいな、と思った。何かを隠すために右都が焦っているのは一目瞭然。右都はこんなにわかりやすい人物だったか、とフラーウスは不思議に思った。
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