電池切れ
 



フラーウスとノウの戦闘はすでに始まっていた。ノウと一緒にいた飯田は非戦闘員ということもあってか、車の中で待機をしている。二人の戦力差は圧倒的だった。ノウは戦闘員ではない反面、フラーウスは圧倒的な戦闘員向きのスタイル。回収屋として裏社会の前線にいた母親から幼い頃より戦闘技術を叩き込まれて育ったフラーウスにノウは敵わなかった。たびたび母親の換わりに回収屋をしていたこともあって実戦経験もある。父親と同じく医者を目指しているフラーウスだが、護身なんてレベル以上の技術を母親から与えられていたため、ノウの膝を折るには時間はかからなかった。



「っは、くそったれ」



ノウはフラーウスに倒されていた。手足は刀で斬られ、あちこつから血が傷口からもれ出している。愛銃はついさきほどフラーウスに蹴り飛ばされて、今は飯田が乗る車の下だ。
車の中で飯田は少し驚いた表情を浮かべていたのだが、すぐに状況を受け入れてどこかへ連絡をはじめている。



「デスクワークが職業のくせに、どこで戦闘技術を身に付けてるんだか……」

「あんたこそ、一般人のはずなのにどこでこんな戦闘技術を身に付けたんだろうねえ?」



ノウを押し倒したような姿勢をしているフラーウスにも傷は絶えていなかった。腹を銃弾が掠り、身体中には拳銃で殴られた痛みが響いている。綺麗に整っているフラーウスの顔にはいくつか紫の痣があり、それが身体中に点々としている。

刀を地面に突き刺してそれを両手で掴み、体をささえるフラーウスに残された体力はノウよりあれど、もう一戦するのは不可能だ。
飯田が戦闘体制に入らず、ノウを回収するだけでもう引いてほしい、というのがフラーウスの本音であった。



「――はい。ノウを回収して学生を動けなくすればいいんですね? ……はい……、はい。始末します。でも彼氷、あいつ恐ろしく反射神経がいいんだよ? ……うん。……、はい。了解」



携帯電話に耳を傾けながら車から出てきた飯田はスーツを捲り、腰に手を伸ばした。ズボンに挟まれていたのは銀色に光る拳銃。ノウがもっていたものよりも表面の彫られたデザインは少なく、それでいて重厚である。ノウよりも大きな口径であると悟ると、あの拳銃をまともに受けたらひとたまりもない、とフラーウスは冷や汗を流した。

バアンッ

低い音が拳銃から鳴る。一発目は偶然に回避できたが、回避する際についた腕から痛みが全身に走った。

この痛みでは、回避なんてもうできない。その上、やけに身体中が痛いのだ。どうしたものか、と歯軋りをした。



「黒髪に金色の目……、お前がフラーウスだな」



その時、飯田とフラーウスの間へなんの遠慮も臆すこともなく現れたのは赤髪の青年だ。野性的な緑の鋭い眼をしている。軍服を連想させる、フードのついた長い上着を着ている。その上着に付いているポケットからジャラ、と銀の鎖で繋がれた十字架がぶら下がっていた。歩く度に小さくカチカチと音を立てる。彼の右手には小銃が握られていた。



「よう。俺は奪還屋のルベルだ」



青年は、ルベルはフラーウスに手を伸ばし、立たせると米俵を持つようにフラーウスを抱き上げた。



「痛っ! 奪還屋がなんで僕を……」

「事情で名前を明かせないって変な女からの依頼だ。詳しいことはそいつに聞けよ」

「待った待った。そこの学生を連れてどこへ行く気だよ、奪還屋さん?」

「あれ、テメエはマフィアか……? ……んだよ、邪魔すんなら殺すぞ」



蚊帳の外にいるノウが体を起こし、ぼーとしていた頭を再び働かせた飯田はルベルに銃口を向けた。ルベルも銃口を飯田に向け、引き金に人差し指を触れさせる。

裏社会で奪還屋は有名だ。仕事を高確率で完遂させる実力をもつ。戦闘に特化したルベルを相手に敵うはずがない。諦めて飯田は銃を下ろした。