足止め係
フラーウスと右都の説明を受けて白華は困った表情を見せた。
ノウと飯田がいるフラーウスの家から脱け出すことに成功し、フラーウス、右都、白華の三人は隠れ家を目指して走っていた。隠れ家というが、目指しているのは右都の暮らす家だ。マンションの一室で一人暮らしをしていると言う。
「中学生なのに一人暮らし?」
「親父が家出してお母さんは病院で入院してるの。親戚もいないし、一人」
前を走る右都の表情はわからない。フラーウスは少し寂しそうな表情を浮かべた。何もいわないで、白華はただ走ることに集中する。隻腕では走るバランスがとりにくいのだ。
「でも、まあ、ぜんぜん寂しくないよ」
「なんで?」
「白華には両親がいる?」
「も、もちろん。……」
「兄弟はいる?」
「……いない」
「兄弟が欲しいって思ったことは? 寂しいって思ったことはある?」
「欲しいとは思ったことあるけど、兄弟がいないのが当たり前だし……」
「つまりそういうことだよ」
フラーウスも一人っ子だ。むしろ、この防御壁都市で兄弟をもつ子供が少ない。右都の言い回しに若干の不満があっても、彼女はもう続きを話そうとしなかったのでフラーウスは諦めた。白華もあまり追求はせず、走ることに集中をする。
そこへ、ピギンと足元で何かが跳ねる音がした。白華は体を振るわせた。右都はすぐにその音の正体を言う。
「銃声!」
「あいつら、まさか追い付いて……っ」
フラーウスは刀の鍔に親指を触れさせていつでも抜刀ができるようにして立ち止まった。 白華は「はやく行かないと」と言うが、フラーウスは張った強い声で右都と白華に言い放つ。
「相手は車だ。このままだと追い付かれる。見つかってしまえば増援を呼ばれて白華はあっさり心臓を撃ち抜かれ、一緒にいた右都もただじゃ済まない。そうでしょ?」
「ええ……そうです。だからといって私と白華を逃がして自分が足止めになるだなんて言わないでくださいよ?」
「言うよ」
右都と白華はフラーウスの眼を見て、言い返すことができなくなった。 また、近くで弾けた。ノウが撃っているのだろう。狙撃手ではないノウの銃弾が当たることなど心配はない。フラーウスは路地裏へ向けた小さな小路に二人を押し込んだ。
ここは人通りも疎らな東区行きの小さな道路だ。しかし、少し歩けば中央区の繁華街になる。そうなればいくらマフィアのボス直属の部下だからといって発砲するなどということはしないはずだ。一般人に手を出さないのが鉄則のルールである。たとえ北区がどうであれ、南区のマフィアは非常に厚情で各マフィアの中で一般人に最も優しいといわれる義理堅い集団だ。南区が居住区というのも手伝って、一般人には手を出さない。出したら処刑だ、といわれるほどだ。人混みの中に入ってしまえば殺すような真似はしないだろう。そう考えてのことだ。一般人ではない父親も母親も殺されてしまったフラーウスだが、自棄になったわけでも復讐がしたいわけでもない。ただ、右都と白華を逃がさねばならなかった。フラーウスは追い掛けてくるノウから逃げられる術を持っている。
「じゃあ」
右都はポケットから紙とペンを取り出し、サラサラと書くとフラーウスの胸に押し付けた。驚いて受け取るフラーウスの手をつかんで、力を込めた。フラーウスは少し痛そうに眉をピクリと動かした。
「いい? この住所が僕の家ですからね。絶対に追い付きなよ。死亡フラグなんて立ててる場合じゃないから、俺たちまで追い付いてくるんだよ」
「うん」
「ついさっき出会ったばかりの他人が自分のために命を落としただなんて胸くそ悪くて寝られやしません。医者の息子なら私から寝不足の原因をつくらせないで、健康を守りなさい」
「他人じゃなくてもう友人じゃない?」
「間違えました」
フラーウスは鞘から刀を抜き取った。白華の肩を叩いてフラーウスは背中を向けた。 いつもより大きく見えるかれの背中を見送り、右都は白華の手を引いて路地裏に入り、繁華街まで急いだ。
右都の空いた手には携帯電話が握り締められている。すぐに番号を打ち込んで、焦った声音をした。
「もしもし、奪還屋ですか!? 急ぎの依頼をしたいです!」
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