白華
 



家の少し奥、病室がいくつか存在する。フラーウスは右都と共に話し声がする、とある病室へ入って行った。

そこには母親の亡骸と、見ず知らずの男女がいた。右都は小さく彼らの名前をフラーウスに耳打ちした。



「女の人がノウ。南区マフィアの諜報員。男の人が飯田。女帝の雑用。ノウは正面からの戦闘が苦手で、暗殺と早撃ちが得意。飯田も戦闘向きの人間じゃないね。でも何をするか分からないよ。二人とも拳銃を所持してるはず」

「ありがとう」



フラーウスは刀に手をかけた。実践的な経験がないわけではない。むしろフラーウスは母親の仕事を何度も受け持ったことがあり、戦闘――悪く言えば人を殺すことに対する抵抗は初めからなかった。
ノウはちょっと待った、と言ってフラーウスに静止をかけた。何事かとフラーウスは動きを止めてしまった。



「スキありぃ」

「!? ッ」



ノウの得意な早撃ち。殺意のこもったフラーウスの意識を一瞬だけ剃らし、彼の母親と同じ目に合わせてやろうかと思っていたが、ノウの銃弾はフラーウスの身体に当たらなかった。

右都がフラーウスの腕を引っ張ったことで銃弾の的を動かしたのだ。



「まさか見切ったの……? 一般人でしょ、あの中学生」



裏社会の仕事屋に中学生の少女などいない。無名ではあるが、黒髪の小さな少女が所々出没している情報は入ってきてはいるがマフィアにとって脅威でもない。ノウは茶髪の少女、右都は一体誰なのか、という問題点に直面した。

一方の右都はフラーウスの腕を掴みながら彼に言う。



「ど、どうしよう……。怖い。フラーウス」

「……っ」



怖がってなどいなかった。右都は怖がってなどいなかった。むしろ知識に飢えた亡者のごとく、興味津々にキラキラとした目をしていた。その姿を見て、情報屋という別の名がストンと納得できた。



「はやく、逃げようよ」



右都は何も言うことができないフラーウスの手を引いてその病室から出た。そしてそのまま、すぐに別の病室へ。ノウと飯田が次の行動へ移る前に。
右都は病室に入り、ドアを閉め、急いで鍵をかけた。フラーウスは病室に放り投げられるようにされ、バランスがとれなくなり体勢を整えるために床に膝をつく。



「……右都?」

「あいつらはここにいる患者を捜してるんだよ」

「患者って」

「最近、大怪我した一般人はいない? その子を連れて早く逃げないと、フラーウスもお父さんとお母さんみたいにっ」

「大怪我、一般人、……白華のことかな」

「たぶんその子!」

「白華なら……」



右都は顔に焦りを見せていたが、フラーウスにはその意味がわからなかった。フラーウスは落ち着いて病室を見回した。この際、部屋の外でする銃声などお構い無しだ。



「白華ならこの病室を使ってるはずだよ。今もここにいると思うんだけど」

「え、居たんですか」



フラーウスはカーテンで仕切られたベッドを見ると、その一番奥に行く。右都もその後についていく。



「白華、起きてる?」

「……フラーウス、だよな」

「そうだよ。開けるよ」

「うん」



シャッとカーテンを開けば、銀髪の少年が現れた。右腕の服の袖がピラピラと揺れる。質量を感じないそれは、右腕が無くなっているのだという事実を訴えているようだった。
白華は童顔の顔を右都に向けて、少し見てからはっとした。



「お姉さん、名前は?」

「……え、あ、ああ……、右都です」

「オレは白華。よろしくな」



左手だけを伸ばして握手を求める白華に右都は応じる。フラーウスはその間に白華の髪を纏めて、上着を羽織らせた。
右都との挨拶を済ませた白華は、フラーウスが外へ行く準備をしているのと、かれが刀を持っていることに疑問を抱いた。



「フラーウス、さっきからこの家の様子がおかしい。それと、急にどうしたんだよ……」



不安げな表情を浮かべる白華に、フラーウスは「ああ……」と目を窓の外に反らした。