状況判断
 


フラーウスは父親を診察用のベッドに寝かせた。手を合わせたあと、右都の手の甲にある怪我を消毒する。右都はときどき痛そうに顔を歪めたが、その状態のまま説明をした。



「近くで軽く転んでしまいましてね……。ちょうどそれを見た先生が消毒をしてくれるというので僕はここに来たんです」



いまさらだが、フラーウスは彼女の口調と一人称がバラバラであることに気がついた。きっと死ぬまで傷跡が残ってしまうだろう深い傷口に消毒液を加えながら話に口を出さないで静かに聞く。



「膝の消毒が終わったあたりに、インターフォンがなったんだよ。なんだろうって思って先生は玄関に行ったの。……そしたら……、悲鳴が聞こえて、奥さん……きっとフラーウスのお母さんだと思う。その人が駆け付けて、隠れてって……。この怪我は隠れるときに、引っ掻いてできた怪我なんです。それからずっと隠れてた……、何が起きたのか全然わからなくて、怖くて……っ」



右都はガーゼで守られた手の甲を切なげに眺めた。
フラーウスは右都の治療を終わらせると刀を持って立ち上がった。右都は彼の顔を見上げる。



「右都、君はもう帰って、今日のことは忘れること。あとは僕がやるから……。これは夢だったんだよ、右都」

「……現実ですよ」

「早く帰って。関係ない右都を捲き込みたくないんだよ」

「帰りません」

「右都」

「嫌だ。帰りません、忘れません、夢ではありません」

「お願いだから……! 怪我だけじゃ済まないことになる!」



フラーウスと同じように右都も立ち上がると、フラーウスのお願いを頑なに拒んだ。フラーウスには彼女が帰ろうとしない理由がわからない。
さきほどまで、この状況を怖がっていたのに。どうして拒むのかわからない。右都には拒む理由なんてないだろうに。



「フラーウス。都市内で一番の進学校に通う生徒。理数科で成績優秀。容姿端麗で誰に対しても優しいことからクラスメイトを中心に人気がある。教師からも好かれており、なにかと頼りにされる。保健委員をつとめており、将来は父と同じく医者を志望している。家族そろって東区に伝わる独特な文化を好んでいる。そして――」

「ストップ」

「……?」

「君、僕と初対面だよね? 初めてここに来たって言ったよね?」

「うん」

「どうしてそんなことを知ってるの?」

「どうして、と言われても……」

「何者?」



初対面なのに、どうしてそこまで知っているんだ、とフラーウスは刀を強く握った。警戒心が高まるフラーウスの前で、右都は少し困った顔をした。いつ自分を斬ってもおかしくないようなフラーウスを前にしての余裕。さきほど怖がっていたのがまるで嘘のようだ。



「フラーウスが着ている制服だけで学校のことは大体わかるよ。成績優秀者にしか配られないバッチと所属している委員会のバッチが付いてるじゃないですか。家族のことは、まあ家を見ればわかります。この中央区に木造の家なんて珍しい。中にある家具をも見れば、簡単なことです。また、これまでの会話だけでも、フラーウスが心配性でしっかり者であることと、面倒見がいいこともわかるよ。あと、剣の経験も素人なんかじゃなくって何年も積んでることだって……」



フラーウスは呆然とした。
まだ一時間と経っていない。まだ30分も経っていない。出会ったばかりで名前以外はなにもわからないような相手なのに。
高い観察力を持った少女に、少年は狼狽えた。
右都は「あはは……」と何かを誤魔化すように言う。



「えっと……。何者かって話だよね。フラーウスは僕を一般人だと勘違いをしているようですが、俺は――」