存在証明
 

「サブラージ、ガンマは俺が殺るから爆弾は任せたぞ」

「わかってるよ」



ガンマを前に、サブラージはルベルに彼を任せて走り出そうとした。しかし、彼の懐から取り出した拳銃が、サブラージの足場を撃つ。弾けたコンクリートが脚に当たったせいか嫌そうな顔をしてサブラージはガンマの方へ振り向いた。



「行かせるかよ」



サングラスの奥から貫く殺気にサブラージは息を吐いた。
ルベルはガンマの視界からサブラージを体の後ろへ隠すように前へ出る。その手にはすでに刀が握られていた。鞘も、柄も、表面が黒く汚い。それとは反対に、刀身は研ぎ澄まされていてその銀は斜めに射し込む太陽の光を反射していた。



「はっ、そこのガキ擬きを庇うたぁ、どんだけ妹が好きなんだ。てめぇの事なんかどうでもいいけど」

「サブラージ、行けるか?」

「いつでも」



ガンマの言葉に睨みながらも必死に怒りを抑え、ルベルはサブラージに一度目をやる。サブラージはルベルと同じ目をまっすぐ彼に向けたまま、取り出した手榴弾を握りしめた。



「――頑張って」



頭のなかを駆け巡った言葉に迷ったが、サブラージはルベルにそれだけいうと手榴弾のピンを抜いて投げた。上へ投げ、二秒待って再び別の手榴弾を取り出して時間差攻撃をしてからルベルに背を向けて走り出した。
ルベルは、黙ったまま。
喋ってしまえば、震える声がバレてしまう。

刀を視界にいれ、手榴弾の煙が晴れた時にはもう、ルベルはいなかった。

いたのは、アビム――。

















サブラージは後ろを振り向かず、ただ走って、助手の情報をたよりに爆弾の分解を行っていた。

ガンマを含め、サブラージは北区のマフィアが苦手だった。生まれた瞬間から目の前にいた白衣とスーツの姿をした人間には好意が抱けなかった。そもそも生まれた瞬間には好意などの感情は備わっていない人間の肉体をもった機械だったが。



「――アビム」



そっと、ルベルの本名を呟いてみた。自分の元となった人間の兄。始めこそは敵意をむき出しにして接していたが、最近はそうでなくなった。とくに、昼間に言われたルベルの言葉。それがサブラージの胸に強く突き刺さっていた。



「いいお兄ちゃんをもったね、あの子」



ふっ、とサブラージは微笑み、次の目的地へ再び走り出した。
夕方の終わりを告げるように、空の端に白い月が現れる。

















一切の休みなく、刀をふるう。
血がべっとりと付着し、切れ味が悪くなるとその切れ味が悪い刀を相手の身体に突き刺したまま次の刀をもつ。



「まだー?」

「まだ!」



場所は中央区と西区の境。もうすぐで西区から中央区への移動が完了する、という助手と左都の前に現れたのは北区のマフィアだった。それも雑魚。どうやら北区のマフィアはルベルたちと助手が繋がっていると思ったのだろう。実際そうなのだが、情報屋という職業の元、助手は中立でいるつもりだった。
      ・・・・・
いまは左都と入れ替わり、情報屋がそこにいる。
公園での戦闘はたくさんの遊戯を利用して、自らの速さも生かし、助手が圧倒的な有利だった。
そして最後まで立っていた男を居合いで切り裂くと、刀の血を拭き取る作業に入った。敵が全員死んだところを見計らって情報屋がちゃっかり現れる。



「あっちの一方的な勘違いとはいえ、これはこれは……」



口を緩めて助手の真っ赤な足元を見ていた情報屋は、目線を上げて助手の金色をした綺麗な目をまっすぐ見る。



「ねえ、ガンマとルベルを見に行ってきてよ」

「彼らの最後の戦いだから?」

「そうそう。記録が欲しいんだよね!」

「別にいいけど、中央区にちゃんと避難してよ?」

「ちぇっ。はいはい」



承諾した助手は刀をしまい、両手のひらを情報屋にみせる。それに拗ねた表情をする情報屋。助手の手は今回情報屋の指示で見に行く分の給料を示していた。



「助手ってば汚い。ちゃんと掃除してる?心」

「あんたの部屋よりは綺麗だよ」

















南区の誰もいない六階建てのビルでは銃撃戦が行われていた。大きく高らかに響く発砲の音は、ロズにとって心を踊らせるリズムだった。
大きくひらいたスリットからのびる脚は素早く、前後に動く。カッカッカッという音はよくヒールのままで走れるな、と第三者を感心させる。




「えっと、さっきいたのは10人で、私が殺ったのは6人だから……あと4人ね」


スーツ姿で銃を持っていた敵を思い出しながら屋上へ向かう。三階まで廊下を走り抜けていたが、今は螺旋階段に場所を変更し、ロズはその両手に小銃を持っている。
一旦、四階と五階の間で立ち止まると手摺に持っていたワイヤーを引っ掻け、残りを手で握ると階段から飛び降りた。
するすると手からワイヤーが滑る。ロズは小銃を突き出した。そして視界に入り込むのは自分を追ってきている複数の男。



「あらやだ。私も罪な女ね。モテモテじゃない」



嘲り笑うような顔をしたロズは続けて愉しそうな声で言った。



「でも私、自分より弱い男には興味ないのよね、ごめんなさい」



それを最後に、小銃を連射。
頭をぶち抜いて、腕をぶち抜いて、肩を、足を、腹を、胸を。たった一瞬でそこを地獄絵図にしたロズはそのまま地上に着地した。そして螺旋階段の上から地面へ滴り落ちる真っ赤なそれに笑顔を浮かべた。



「南区は北区や西区より少ないし、あと少しね。あとで東区に行こうかしら」



そう呟きながら歩き出した。

















「なんだ、ルベルとサブラージは爆弾をほとんど片付けていたんじゃないか」



煙が視界にはいるのも気にすることなく、紫音は煙草に火をつけた。一方、紫音とは逆にベルデは八の字に眉を下げて煙を見ていた。黄果も気になるのか、何度か煙に目を向ける。



「ねえ、あれって……」

「ベルデもそう思いますか。あれは私たちが今片付けている爆弾と同じものでしょう。私たちの行動に北区のマフィアが急いで爆破したのだろうと思います」

「では、このあとも続けて……?」

「恐らく」

「北区は危険だ。南区を回ってからまだ安全な東区へいこう。ベルデ、トラックを動かせ。私たちを襲う屑どもは轢いてしまえ」

「ひ、轢いちゃうの!?」

「そうだ。いちいち相手にしている時間はない」

「……う、うん……。わかった」

















「失せろッ!!」



轟音のような声に反応する発砲音。ルベルの接近戦による一撃の攻撃は重かった。

今、ルベルが手にしている刀は実の妹であるユアンを奪還するために使用した刀と同じものだ。



「っ逃げてんじゃねえよ!!」

「怪我して痛いんだっての!くそ、あのガキ擬きが……!」



刀を何度もガンマへ振ったり、懐から取り出した拳銃やナイフを投げてもガンマは避けてばかりで、少し距離があれば拳銃でルベルにむかって撃つ。
ガンマはサブラージの手榴弾による攻撃をわずかに受けていたのだ。サングラスを爆風でなくした彼の目には遮るものなどない。まっすぐに送られてくる目線は隠しようのない殺気に満ちていた。



「ッチ、じゃあそのご要望に答えてやろうか」

「あ゙?」



持っていた拳銃を放り投げたかと思えば、ガンマは大きく踏み出してルベルの懐に入り込むと、足を引っ掻けてバランスを崩させた。ルベルは受け身をとり、急いで後転してルベルと距離をとった。
ルベルが後転した刹那、そこにガンマの踵がめり込んだ。本来、ガンマは足技を中心とした戦闘方法をもつ。



「って……」

「死ね!!」



ルベルが次に取り出したのは手榴弾。ピンを抜いてガンマへ投げる。ガンマは今度こそ回避したが、そのときにはすでにルベルは先ほどと同じ場所にはいなかった。
どこだ、と探す前に手榴弾によって発生した煙の中からルベルが奇襲を仕掛けた。
まっすぐ、突くような構えは実際に突くことを目的にしていた。そしてその刀は、ガンマが緊急の防御のために胸の前に出した腕に食い込んだ。ルベルは容赦なく引き抜く際にグリッと刀を回した。
完全にルベルが刀を引き抜いたとき、ガンマの腕からは止まることのない血が滝のように流れていた。もう、この右腕は使えない。

ちょうどその瞬間、つい先程聞いた爆発音が複数響いた。
ルベルが僅かに北区がある方向の空に煙が上がるのを確認している時に、ガンマの唇が僅かに動き、小さく声を漏らした。その声は自身でも聞こえるか否かという大きさだった。



「心中するのは心外だが、しかたない」



「、は ?」とルベルがガンマを見たとき、ガンマが左手に持っていたのは、ルベルもサブラージも持っていないタイプの手榴弾だった。

それが地面に叩きつけられる。

その瞬間、ルベルの名を呼ぶ声がした。

ルベルが振り向けば、そこに人影が見えた。

それが誰なのか、認識できないまま――、……。

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