月光に照らされる情報屋の助手
なぜマフィアが嫌いなのか、と聞けばルベルは話したがらない。
けっして明るい話ではない。暗い話だ。人に話すような話題ではないと返事をするだろう。
「依頼達成の指定期間は?」
「1週間だ」
「私は3日後。それまでに回収する」
「奪還するのはこの俺だマセガキ」
サブラージは「また明日。」と言い残してその場を立ち去った。 ルベルはため息をつく。
地面にすてた大鎌を拾い、防御壁を見上げた。
この防御壁に囲われた都市の住民はこの外へ出たことがない。 いや、正確には出ようとしない。「出たい」という意識がごっそり抜け落ちているのだ。
「なんでこんな檻に閉じ籠ってんだろ、俺達」
ルベルはこの防御壁の外部から移民してきた住民だ。どうやって扉のない防御壁を通ってこちらに来たのか、忘れてしまった。
幼い頃に1つ下の妹と来たことは覚えている。外部の世界の風景も少しずつ記憶から忘れ去られていく。
覚えてるのは、一面に広がるコンクリートの瓦礫。お腹を空かせた妹のために食料を求めて走り回った記憶。
「冷てぇ」
掌で防御壁を触る。ゴツゴツした感触。岩を触っているのに近い。月が照らす、真っ白な防御壁。
ルベルは手を離し、帰路をたどる。
夜空を見た。 夢を抱いた子どもの頃にみた夜空より、今の夜空が暗い。
欠伸をひとつ。
もう深夜、日付はとうに変わっているだろう。ルベルは電柱に群がる虫を一瞥した。
「あ、ルベル!久しぶりー」
「あ?」
ぼーとしていた頭を現実に引き戻し、声をかけられた方角を見る。その方角は民家の屋根の上。 屋根の上に立っていたのは一人の少年。
高校生を辞めて今は情報屋の友人を助手という面目で手伝っている。
「なんか表情暗いけど……。何かあったんなら聞こっか?」
ルベルの側へ降りて助手が言うとルベルはさきほどの話をした。 新しくできた組織。助手ならなにか情報を掴んでいるのかもしれない。
だが助手は少し考え、暫く無言でいた。
「うーん。その組織のメンバーは少しだけって聞いてたんだけど、おかしいなぁ。そんなに人数がいるなんて。」
「でも確かに奴らはたくさん居て……」
「僕もよくわからないな……。よし、僕が調べよう。依頼者はルベルでいい?」
「金とんのかよ。無理矢理商品を売り付けてんじゃねぇ。」
「押し売りだなんて人聞きが悪いなぁ。ルベル、欲しいでしょ?この情報。」
唇を三日月の形にしてクスクスと妖艶に笑う彼は情報屋がお似合いだ。 情報屋の助手、だなんて甘い職業で収まらないだろうな、とルベルはぼんやり見ていた。
彼の背景には満月。 助手の両目は金色で、月が3つもある錯覚に浸ったルベルは小さく舌打ちをした。
「交渉成立ーっ。よかったねールベル」
「うっせぇよ。頭撫でるなマセガキ!!」
「マセガキって……。ルベルがガキなだけでしょ。」
「んなことねーから。」
「じゃあ精神年齢をはかる心理テストやる?」
「や、やんねーよバカ!!死にてぇのか!!」
「わー、ルベル得物もってるし。死神みたい。怖いー」
子どもらしく笑いながら助手は駆け出していった。彼の黒髪が月の光で銀色に見える。 男のルベルから見ても整った容姿だ。名前を教えてくれない助手はいつも愉しそうにわらう。
「あ。」
「あぁ!?」
「今家出中なんですよ。僕。というわけでルベルー!」
「泊めねーぞ。布団は1つしかないしな」
「僕は屋根があれば大丈夫だから!!」
「死ね」
「よし、じゃあ情報の対価は居候で」
「いつまで住み着く気なんだよ。でもまあ、対価なら仕方ないか」
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