最終編
「まったく。安静にして欲しかったから入院させたのに部屋で暴れたり……。何週間入院したいんですか」
「体が鈍るから仕方ねえだろ」
「ほんの数日程度で鈍りませんよ」
「でもまあ今日で退院だからそんなうるせえこと言うなよな」
「おや。すみませんね。もっと撲っておけばよかったですか?」
「せ、世話になったな」
垂れた眉は気弱な印象を与えるが、ルベルの目の前にいる闇医者の黄果はそんな印象とは裏腹に悪戯好きな印象を与えた。 時刻は平日の昼間。仕事場や学校に行っている人が多いせいか、南区の住宅街は静かだった。
ルベルは右目を失った。 研究所でガンマにやられた深い傷は回復が出来ない。目とともに斬られた瞼も縫うほどの深手。右目の替わりにガラス玉をはめてあるが、見た目が醜いため眼帯で覆ってある。
荷物を纏めていたルベルを手伝いもせず眺めていた黄果は鳴り響いたインターフォンに呼ばれ、玄関へ向かった。
ひとりになったルベルは相変わらず荷物を纏める手を休めない。ただ、一度サブラージと会って話そう、と心に決めていた。
「ルベル、お迎えの方々ですよ」
ルベルに黄果の声が掛かった。ルベルは荷物を纏めながら生返事で返す。すると後ろから「こっちに来なさい」と頭を黄果に殴られた。さらに正確にいうならば、黄果の金属バットに。本気で殴られていないものの、ダメージは大きい。
「ってぇな……!なにすんだよ!!」
「お客さんです。客間に居れたのでさっさと行ってください。これは私がやっておきますから」
これ、とルベルの荷物を指さした。ルベルはなんで迎えに来た奴らを……、と文句を溢しながら黄果の家の隅にある客間へ向かった。
どうせ伝言屋のロズでも来たのだろう、と予想をしたが、ドアの先にいた人物はまったく別の人物であり、ルベルの予測を外していた。
「久しぶり。目は大丈夫?」
「あっははははは!眼帯着けてる……!!しかも黒い漫画とかに出てきそうなやつ!」
袴に羽織を着た助手がルベルを心配し、助手についてきたのか隣にいた左都は普段通りに笑っていた。 そして、もうひとり。 女子中学生にしては背が高い左都の背にかくれて頭一つ分ほど小さなサブラージがルベルと同じ緑の色をした瞳を覗かせていた。 いつもの強がりやマセた言動はなく、左都の服を強く握っていた。
「……え、あ……、サブラージ?」
「……!ル、ルベル……。その、退院おめでとう……」
細々の小さな声でサブラージは床を見ながら言ったかと思えばすぐ左都の後ろに隠れた。 普段とはまったく別のサブラージにルベルは呆気をとられる。
「サブラージと……う、……左都は学校どうしたんだよ。行かなくていいのか?」
「いいのー、いいのー!授業なんてつまんないしさ!」
「ルベルの荷物、僕たちも運ぶの手伝うよ」
「払わねえからな、助手」
「怪我人から金を巻き上げるほど僕も――」
「応急措置代のことは忘れねえぞ!」
「なんのこと?」
爽やかな笑みで清々しい表情をみせる助手にルベルは言い返す気も失せる。制服をきる二人の女子学生はそれぞれが明暗とした空気を放っている。 さてと、と助手が立ち上がり、少女たちにも立つように促すと漆黒の色をした前髪を耳にかけながら「帰ろうか」と笑った。
ちょうど荷物纏めも終わり、ルベルは黄果にお礼を言ってから自分の家に向かって歩き出した。
「そういえばルベルにお知らせしたいことがあるんだよね」
「あ゙?」
長身のルベルを見上げて助手は続けた。
「僕、上司と仲直りしたからもう帰るよ。今までありがとうね」
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