印鑑を強奪した第三者
ルベルは案外すっきりしていた。
気付かぬうちに知っていたことだからだろう。精神的に受けるダメージは大きくない。ただ、それを起こした目の前の人間に、腹が立っていた。
「テメェのためにユアンが死んだのが許せねえ」
「……」
「驚いたけど人造人間だったとか、ぶっちゃけどうでもいいしな」
「他人のために怒ってたら寿命が縮むぞ」
「ユアンは他人じゃねえよ!」
剣の柄を握り、しっかりと立ったルベルは血を流しながらガンマへ特攻した。たとえ不利でも、憎い相手が、仇が目の前にいることがルベルを衝動的に襲わせた。ガンマも迎え撃つ体勢になる。
――その瞬間、部屋に銃声が響き渡った。
鼓膜が破れてしまうほど大きな音に、ルベルとガンマは多少なりとも驚く。その音源はどこからなのか。第三者の正体は誰なのか。そんな疑問を抱いて、入り口のほうを見る。 そこにいるのは女性。長い髪とスリットが入ったドレスのような服を着る。露出させた左胸から除くのは薔薇の刺青。その格好には似合わない拳銃を握っていた。
「伝言屋か……」
「テメ、ロズ!?」
予想外の人間に二人の動きは完全に止まっていた。
「『印鑑は僕が貰ったよ』って言ってたわよ。情報屋の助手が」
伝言。 ロズはそれを言うと今まで天井に向けていた銃口をおろして、拳銃をしまった。そしてやっと部屋にいる人物のルベルとガンマを視界に捉え、騒いだ。
「ちょ、ルベルの怪我どうしたの!?二人とも、停戦よ停戦!」
ガンマはそれに賛同したのか、戦闘体制をといた。ルベルはガンマを睨んだが、不利だとわかっていたため剣から手を離した。
「そうだよ。僕が印鑑を持ってるんだから戦っても意味がないよ。私怨なら別なんだけどね」
ロズの後ろから落ち着いた声で現れたのは、ガンマから戦意を間接的に奪った助手だった。 右手には鞘におさまった刀を握っている。あまり戦場に現れない助手がこの場にいることが珍しくてルベルは右目の痛みを忘れていた。
「てめえ、珍しいな。わざわざ出てきて」
「僕だってできれば動きたくないよ。金にならないんだし」
ガンマに助手が答える。 左手に握っていた小さな円柱の物体をルベルたちに見せる。円柱の物体は、どうみても印鑑。ルベルとガンマが求めていた物だ。
「確かに戴きました」
皮肉を混ぜるあたり、助手もいい性格をしている。ガンマは舌打ちをして奪い返すことなくその部屋から立ち去った。 意外とあっさり引いていく。ルベルは狭い視界のなか、彼が離れたことをしっかり見届けてから膝を床につけた。
「目、が……っ!」
本人よりもロズのほうがルベルの右目に対するショックを受けてすぐに駆けつけて持っていたハンカチで止血をする。 ハンカチは徐々に赤く重くなっていくばかり。助手は携帯電話を出すと闇医者の黄果に連絡を入れた。
「取り合えずここから撤退しよう。ルベルは僕が運ぶからロズは上着を持ってて」
「お、おい……」
「ちょ、担ぐから大人しくしてよ!」
「嫌だ、情けねえ!」
「死にたくないなら大人しくしてよ!ああもう、わかった。運び屋に頼んでルベルを積んでもらおう。依頼はルベルからってことで」
「あぁ!?そこは助手だろうが!」
「もしもしー。ルベルを黄果のところまで運んでくれる?……うん、いや、ルベルが依頼者」
素早く携帯電話を運び屋のベルデに繋げ、助手はさっさとそれを決定事項にした。 電話を切ると持っている刀を腰にさし、印鑑を袖にしまうとルベルと彼を看病するロズの前に立つ。
「これでも父親が闇医者で、僕も医者志望だったからそれなりに知識はあるんだ」
「……んだよ……」
「応急処置してあげる。五千ね」
怪我人だろうと助手は容赦なく金をふんだくるとルベルに応急処置を施した。
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