防御壁都市
 


「つーかさ、何も知らないで奪還してんのも滑稽だよな。たしかに依頼者の深入りはよくないけどある程度は知っとけよ」



今回の印鑑奪還の依頼者は北区のマフィア。その一味であるガンマはどう考えても事情を知っている。
今夜ガンマやベルデと遭遇したのは偶々ではなく、誰かの策略なのかもしれない。策略でもなければガンマはこうしてルベルを生かして話をするメリットがないのだ。



「テメェ、人造人間って信じてるか?」

「は……?」



人造人間
サブラージと左都が通う中学校がジャックされた日、情報屋の助手が言っていたことがルベルの頭の中で再生された。
「ルベルって、人間を造る事ができると思う?」
「意図的に。生物が生物を産むんじゃない」

手で右目を抑えることも忘れてルベルは呆然とガンマをみた。ガンマと目が合う。にっと笑う彼はルベルが混乱しつつあるのを知っているのか否か。



「そいやぁ、この前、中学校がジャックされたんだってな?」

「だからなんなんだよ」

「そんときに居たザコが人造人間だって知ってるよな?知らないなんて言わせねえからな」



ガンマが一歩だけルベルに近付いた。ルベルは動かない。そしてガンマは衝撃的な発言をルベルの耳に残した。



「中央区の奴ら以外が人造人間っつったらテメェ、どうする?」

「んだと……?」

「だって人造人間なんて利用できる奴がジャックに使われたザコだけって訳がねえだろ?」



自分の手で握ったり開いたりを繰り返しながらガンマは淡々と話し、時おり笑う。
ルベルは防御壁都市の外部から迷い込んだ数少ない人間だ。防御壁都市のことはわからなかった。
だが、それでも最近触れてきた出来事が少しずつではあるが、ルベルに嫌な意外な事実を突き付けようとしていた。



「テメェの身近な奴でいうなら、伝言屋のロズが人造人間だな」

「……待っ」

「俺も人造人間だし、たしかあの血染めにしてやった神父も人間じゃない」



「人間のテメェにそっくりだろ?」と犬歯を剥き出しにしてガンマが笑う。笑みを浮かべる。唇が弧を描く。口が歪む。

ルベルの胸に感情は失われていた。
なにも言えなかった。
なにも呟けなかった。
なにも思えなかった。

ユアン、紫音、ベルデ、黄果、コリーそしてルベル。この6人は人間だ。防御壁都市の外部から来た人間だ。防御壁都市が出身ではない。
ならば、それ以外は?



「そいやぁ、回収屋も人間じゃないな」



言われなくなかった気付かれたくなかった気付きたくなかった嫌だった気付かないふりをして自分に言い聞かせてきたのに自分に嘘をついて防衛してきたのにせっかく築き上げたものがぐちゃぐちゃにかき乱されてしまいそうで彼女は彼女に似ていたそれは偶然なんかではなく必然的なものであああアだめだ思い出すな彼女を思い出すな逃げるんだ、背中を向けるんだいやだめだ今までずっと逃げてきたんだもう彼女の方を向いたらどうだいや怖い恐ろしいでももう時期だろそうだろいつまで逃げてんだよ――。



「……ぁ」



喉が乾いていた。



「いいことを教えてやるよ」



助手と左都は人造人間なのだろうか。中央区出身なら一安心できる。



「あの時」



ユアンが拐われた時



「あいつのデータを採取してそれを元に」



事実が、こわい



「あいつのクローンを造ったんだよ」



今度は奪還屋が口を開いた。



「――それが回収屋のサブラージってか?」



視点は合わない。



「へえ、知ってたのか」

「……」

「面白いだろ?自分よりも大事な大切な妹を殺めた奴がそのクローンを造って、そのクローンが『赤い人』の手の届く場所にいるなんてな。滑稽」



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