指の先にある真実
 

「ああ、そっか。やっぱりそうかって」



思い出すようにベルデは空を見上げた。空をは相変わらず真っ黒だ。
隣にいるサブラージはきょとんとしてしまった。答えが予想外で、サブラージは口も開けっ放しだった。



「運び屋なんかやってたら大体はわかっちゃうよ。それに気になって、ヒントなら情報屋から買ったし」

「……そう、なんだ」



サブラージはベルデを見ないで、ずっと自分の爪先を眺めていた。小さく唇を動かし、まるで自分にいい気かせるように呟いた。



「私はルベルの妹……ユアンのクローン。ユアン本人じゃない」



だから、居づらい。

そう呟いた。
わずかな声でもベルデには届いていた。ベルデは彼女をみて、また夜空に眼を染めた。



「サブラージはサブラージ。ユアンはユアン。サブラージは一人の人間だって僕は思うよ。黄果に甘いって言われたんだけどね」



苦笑をするベルデにサブラージは目尻が熱くなった気がした。
こんなことで泣きそうになるなんて、とサブラージはたえる。
サブラージには生まれて数年、そんな言葉をかけてくれる人間は誰一人存在しなかった。彼女は試験体だった。データだった。実験体だった。最後だった。逃亡者だった。人間ではなかった。

彼女は――、少女は――、クローンは――、データは――、逃亡者は――、ただの肉塊は――



























ボタリボタリと真っ赤なそれが重たく床に落ちた。
ふらりふらりと立つことも歩くことも不可能になった。

熱い。
痛い。



「――はっ、『赤い人』が戻ってきたみたいだな。もっとも、血を流してるのはテメェだけど」



そんなガンマの声がして、ボタボタとどこからか血を流していたルベルの意識はガンマへ覚醒していく。
動こうとして異変に気づいた。



(……おい、視界ってこんなに狭かったか?)



自分に問い、記憶を探れば即座に鮮明に思い出された。答えは単純。

右目を斬られた。

きっとガンマの手には刃物がある。それで、眼、が……。

意識をすれば右目の激痛が確かなものになり、立ち上がっていたルベルはその場に膝をついた。ぬるりと足下に落ちていた自分の血を踏むのを感じ、ルベルは焦った。このままでは不利な状況だ。どうみても自分よりガンマのほうがまだ動ける。反撃をしても返り討ちに遭うことはもう目に見えている事実だ。



「そういやぁテメェ、ここがなんなのか知ってるか?」

「……あ゙?」



右手で右目を抑えて、ルベルはガンマを見据えた。ガンマは攻撃を仕掛けることなく、スーツのポケットに両手をいれて部屋一帯を見回した。



「つうかこの防御壁都市がなんなのか知ってるか?」

「……っ」

「テメェも落ち着いたし、『話』でもするか」



ルベルがなにも言うことが出来ないのをいいことに、ガンマは苦笑をまじえながら続きを話した。



「うちの『女帝』が『赤い人』を欲しがってさー。俺としてはいらないんだけどよ」

「……『赤い人』じゃなくて俺は奪還屋だ」



普段より小さく、叫びを込めた声でルベルはガンマを睨んだ。
ガンマはサングラスの奥から灰色の眼を一度ルベルに向けたが、すぐに部屋へ戻した。



「『女帝』がテメェを『赤い人』って呼ぶんだからそれが身に付いたっつーか。……呼び方くらいなんでもいいだろ」



ガンマはため息を吐いた。

『女帝』とは北区のマフィアの次期当主のことだ。大々的になにかをしたわけでもないから一部でしか名は広まっていない。大々的になにかをしたわけではない、というよりもあえてなにもせず大人しくしているという風にも受け取れるのだが。


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