今宵は赤が踊る
気づけば彼女がいた。
一体いつから彼女がいたんだ?
この胸に引っ掛かる「それ」はなんだ?
それに、彼女は誰かに似ている。そう、彼女は、自分のもっとも身近にいた――……。
「ああー、そうくる?」
苦く笑う彼女は眉を寄せて視線を横の暗闇にずらした。月光がうまく彼女に当たらず、その表情がよくわからない。 ルベルはそれでも彼女を視界の中央に入れ続け、問いの答えを求めた。
「私は――」
サブラージが中に入れない事情と彼女自身の事情を聞いたばかりのルベルはまだ頭が混乱していた。それにそれを信じれなかった。 剣を持ったまま研究所に入った彼は印鑑を探し始める。 研究所の中は非常に汚いものだった。破棄されてまだ時間が経っていないだろうということは十分に理解できた。建物そのものは汚くないのだ。埃を被っていて、掃除をしていないだろうことは伺えたが、他には特になにもない。掃除をしていないだけで十分汚い部類かもしれないが、ルベルが今まで目撃してきた廃墟の中ではまだ良い方。汚いのは別。建物の内部、つまり備品や、観賞用の絵画、植物などがあらされていたのだ。中央区の学生が興味半分に行ったせいか、別に印鑑を狙った者のせいか。それとも全く別の者か。しんと鎮まったここでは確かめようもない。ルベルはたった一秒にも満たないその思考の続きをやめて一歩踏み出した。観賞用の植物の鉢からはみ出た土が踏まれる音が妙に大きくルベルの耳に届く。二つの緑色を月光に美しく反射させ、ルベルは一歩一歩踏み出す度に辺りを細かく見渡す。 小さなロビーを抜け、幾つか部屋を確認し、二階へ上がる階段に差し掛かった時だった。いくつもの発砲音が突如轟く。
「……二人……、もしかしたらそれ以上の複数だな……」
複数を相手にする気はないルベル。戦って最後に勝ち残った奴を殺すか、と考えていたが、それは途中で中断した。脳裏に思い浮かぶ、つい先ほど別れたばかりの幼馴染み。 いくら今は敵だとしても、蓄積された思い出と信頼関係、絆がルベルを奪還屋にしなかった。いまここにいるのは、奪還屋でもルベルでもない――アビムだ。ベルデが戦って負傷をしているなど、確定こそはないが彼はベルデを助けようとして戦場へ走った。
そこで思いがけない再会を果たす。
望んでいなかった再会。
しかし心のどこかで再会したかった。
そして
復讐をこの手で果たしたいと――。
「……――ガンマ……」
自らの命よりも大切に思っていた彼の唯一無二の妹を殺した張本人。 ガンマがそこにいた。
当時と変わらないそのスーツ
当時と変わらないサングラス
当時と変わらない鋭い目付き。
対峙しているのはベルデ一人だった。互いに銃撃戦を実験室のような広く薬品の臭いが濃い場所で行っていた。
「っルベル!?」
「誰だよ、そこの赤髪。……なんかどっかで見たことある気がする」
ベルデは目を丸くして突然登場したルベルへ汗が流れる顔を向けた。一方のガンマは月の光にキラキラと輝かせる銀の前髪を拳銃を持っていない左手でかきあげた。サングラスの奥で灰色の眼は赤髪の青年を思い出す。ベルデが驚いているうちにガンマはすべてを思い出して、頬に歪んだ口を刻み込んだ。
「てめえはあの時のガキか!妹を取り戻しに来た!無駄足だったなぁ、あれは!」
「――ッ!!」
「黙れ!」
ルベルはみるみるうちに殺気をあらわし、ガンマを睨んだ。黙れと叫んだベルデはガンマに撃つものの彼はあっさり避けてしまった。否。ベルデの手が怒りで震え、照準がずれたのだ。
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