「少女」「彼女」「あの子」
 


その手をサブラージは振り払った。



「っ行かない!!」



腹から声を出し、今まで生きてきたなかで一番大きな声を出した。悲痛の叫ぶようなサブラージの声は初めて聞いた。ルベルは当然驚き、彼女と同じ緑の眼を丸くした。
サブラージはルベルを睨み付け、手を振りほどいた。



「ここは嫌なの……!行くならオニーサン一人で行って!」

「……は?」



嫌々と言ってサブラージは座り込んでしまった。普段のルベルならサブラージを置いて我先にと入っていくのだが、昨日までと様子が違うサブラージに研究所へ入れずにいた。
所詮、赤の他人。
放っておけばいいものを、なぜかルベルはそれが出来ないでいた。ルベル自身、それを不思議に思っていない上、疑問にも思っていなかった。



「おい、どうしてそんなに――」

「……ルベルは、気付いていないフリをしているの?それとも素で気付いてないの?」

「なんの、話だ」



ここ最近、そういうことを言われていたルベルは、気づかないうちに冷や汗を流した。
座り込んでいるサブラージは顔をあげ、黒髪の隙間からのぞく緑の眼でルベルのそれを真っ直ぐ見る。



「事実をあなたに教えたら、あなたはどうなっちゃうんだろうね。あの子はどう思うんだろうね」



眼を背け、サブラージはため息と共に吐いた。



「……なんの、話……」



研究所に入る事を忘れて、今度はルベルの眼が揺らいだ。



(――だめだ、深く考えるな、思い出すな、やめろやめろ)



ルベルはすぐにサブラージを視界から外して夜空の月を見上げた。サブラージも視線を外されて続きを話しても意味がないと判断したらしく、その話の続きをするのを諦めた。



「……」

「……」



沈黙が支配した。

ルベルは、俯く少女をただ見ていた。見なければいけないと思った。



(なんで、なんで、どうして気付いちゃ駄目たんだ?俺は、何を……無意識に……、?――サブラージが言う、あの子って、誰、だ……)



ざわざわと、胸が騒ぐ。気付きそう。
いままで抑えていた感情が
思い出さないでいた記憶が



「……サブラージ。サブラージ、サブラージ、サブラージ」



ルベルがまるで何かの呪文のように目の前に座る少女の名を何度も繰り返した。
いままで彼が抱いていたものが、今にも出そうだった。それでもルベルは気付かない。わからない。
わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。わからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからない



「……わからねえな」

「……」

「俺が何に気付かないのか。何から逃げてんのか、ってことも……」

「気づかないほうが良いこともあるよ。気付いたら私はルベルを苦しめるから」

「過程はわかんねーけど、今、疑問に思ったことがある」

「っな、に……」



ルベルの光がない眼に、感情が宿っていない眼に、少女は怯えた。彼女がルベルに怯えるなど、とても珍しいことだった。いままで奪還屋と回収屋として対峙してきたのだ。怯えるなど、あってはならないことだった。



「お前、どこのどいつだ?」



ルベルは、少女を見下ろす。



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