Huge white wall
見上げるとそこには真っ黒な空と輝く月、星……そして巨大な防御壁があった。真っ白な防御壁は月光に照らされて蒼白く、夜空とは全く違う色を放っていた。それは「綺麗」ではなく悪寒を感じさせるほどの「不気味」だった。
夜空を見上げていた少年は、はっとして繋いだ手の先にいる少女に顔を向けた。二人とも身なりは汚く、ボロボロ。まともに食べていないのか、体は痩せこけていた。 少年の膝小僧には表面が剥がれた傷がある。手当てをしていないようで、小さな膿ができていた。
「…大丈夫か、ユアン」
「大丈夫だよ、おにいちゃん。私はへいき。」
掠れた小さな声が、その場に響く。地べたに座り込んでいた二人のうち、少年は立ち上がった。手は少年の妹である少女―――ユアンと繋いだままだ。
「ここ…。どこだろうな。」
少年は防御壁に近付こうとしたが、繋いだユアンの小さな手がそれを許さなかった。
二人は気がついたらここにいた。どうやってここまで来たのか、どうしてここで座り込んでいたのか、記憶がない。一部の記憶がないのだ。昨日の記憶はあるのに。今日、陽が昇っている間なにをしていたのか………記憶が欠落している。
「おにいちゃん、みて。光。」
今にも折れそうな腕が指す先に、明るい様々な人口的な光が見えた。木々の間から見えるもので、正確な正体はわからないが、街、という可能性が浮かんで、それを手放さなかった。 少年とユアンが顔を見合わせた。
そしてユアンが立ち上がった。
「行ってみようよ」
幼い彼らは好奇心のまま、足を進めた。しかしその足はすぐ止まることになる。 横の茂みがザワザワとうるさく騒ぎ立てたのだ。
(風にしてはオレに当たる力が弱すぎないか?)
幼いながらも、経験が少年に知らせる。何者かがいる、警戒せよ、と。経験に従った少年は妹の手を強く握った。
「誰かいるんだろ…?」
少年はもともと悪い目付きを鋭くさせて、どこかにいる誰かに声をかけた。圧し殺したようなその声は低い。声変わりを済ませていないのに、相手を脅すに十分な声だった。ただ者ではない、そんな勘を働かせる。
「あ、あの…っ」
「うじうじしないでさっさと先を歩いてください」
正体はなんだ、と鋭くする少年に、二つとも高い声ではあるが少年と少女であることを伝えた。茂みから少年とユアンの前に現れた二つの影も、少年たちと同じような汚い格好だった。
「あなたたちに危害を加えるつもりはありません。ただお話をしたいだけです。」
幼い容姿の彼女の口からは大人のような口調が放たれた。元々なのか、垂れた眉は彼女が弱気であるような感じがする。それが少年の第一印象だったが、実際の彼女は弱気ではない。
それでも警戒を解かない少年は「オレたちは無一文だからなにも盗れねーぞ」と言いながら妹を自分の背に隠す。
「言ったでしょう?ただ話がしたいのです。急いでいたら別に構いませんが」
「そ、そうだよ…っ。僕たちは何もしないから」
「………。」
少女の横にいる彼はその身長に合わないライフルを抱えていて、言葉に説得力がなかった。
「……おにいちゃん」
少年を背中から見守るユアンが少年にしか聞こえないような声で呟いた。 それに心を動かされたのか、少年はカサカサの唇をわずかに動かした。
「―――まえ、」
「?」
少女が首を傾げた。ライフルを抱えている少年も気まずそうにしながらも不思議そうな目を少年に向けていた。
「それにのるから、名前。お前らの名前はなんなんだよ。」
少年の声は先程よりも穏やかなものだった。少年の背中から姿を再び表したユアンは「私はユアンっていうの」と小さく微笑んだ。
「私は黄果です」
「僕はベルデ…」
はきはきと言う黄果とは対照的に、ベルデはとても小さな声で、ライフルを強く抱き抱えていた。 そして最後に少年が自分の名前を目の前の二人に告げる。
「オレの名前はアビムだ」
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