惑わす勧誘
 




「何をやっているんだ、って、聞かなくても分かっているのでは?」



生徒用の机に座り、素足をブラブラと揺らしながら黄果はルベルを見据えた。ルベルは彼女の正面に立っており、隅の壁に背を預け紫音は煙草を吸っていた。



「わかってるなら話は早ぇ。なんでこんなことをしてんだよ、何のために!!」

「ルベルが一番わかっていると思いますよ」



なにか焦るルベルに対して黄果は落ち着いていた。手に持っていた鍵をコト、と自分の座る机に置いた。



「マフィアは憎い。大嫌いだ。だから潰す。今回のハイジャックはマフィアに対する宣戦布告」



煙草の煙を吐きながら、あくまで淡々と話す紫音にルベルは「そう思ってるのは俺たちだけかもしれねぇだろ」と言葉を投げた。



「そうでしょうか。ルベルが知らないだけではないのですか?過去に何度も反マフィア組織が結成されています。」

「それらはみんな全滅して、存在も消去されているがな」

「……ッ」

「私たちがやらなければ。私たちがマフィアを潰さないと。―――ルベル」



黄果がルベルの名を口にした。
ルベルは目をそちらに向けるだけだった。



現在、ルベルが暮らすこの都市は巨大な壁に囲まれている。

その外部から移住した住民はルベルだけではない。ルベルの目の前にいる紫音と黄果もそうだった。それにあと二人。そしてルベルの妹。
ルベルの妹を含め、ルベルたち6人は未成年だった。未成年同士、互いに力を合わせて生きてきた。独立するまで。
一人で生きていける力をつけたルベルたちはバラバラになった。ルベルは西区に、紫音は東区、黄果は南区、他の二人も北区、中央区とバラバラ。

ルベルが奪還屋になったように、紫音は殺し屋、黄果は闇医者に。全員が裏社会の住人。死なない限りいつかまた出逢えるだろう、そのときまでまたね。最後に交わした挨拶は今でもルベルの頭の中に刻み込まれている。

まさか、こんな形で再会するとは知らずに。



ドクンドクンとルベルの心臓の心拍音が身体に行き渡る。
黄果が言う続きの言葉が予測できた。



「私たちとまた行動を共にしませんか?」



ほら、やっぱりな。

どこか冷静なルベルが声に出さないでそう呟いた。



「ルベルだってマフィアが大嫌いでしょう?復讐をしたいでしょう?」



核心を突かれ、ルベルはグッと息詰まった。

このまま黄果たちと着いて行きたかった。恐らく黄果と紫音は他の二人にも声をかけているだろう。その二人のことだ。きっと黄果と紫音の仲間になる。
ルベルだって、仲間になりたい、という感情が大きい。しかしなにかがそれを押し留めている。

なぜ押し留める?
それはなんだ?

頭にサブラージの顔がよぎった。
さきほど別れたサブラージ。ルベルが学校を取り返してくれる、と信じて。ルベルはそれを裏切りたくない。一般人である左都もルベルを信じた。



「………俺、は…」



中学校奪還依頼はマフィアからだ。マフィアの依頼を裏切ることは辛苦ではない。

本当に心を許せる、信頼できる仲間からの誘いはどうしようもなくルベルを惑わせた。



「―――わかんねぇ」



必死にさがした答えはない。ただ、答えが見つからないから



「俺……紫音たちについて行きてぇのか、このまま一人で奪還屋していきたいのか…」

「貴様はマフィアが嫌いではないのか?」

「大嫌いだ。一秒でも早く潰してぇぐらいな。」

「では何を迷っているんだ。」



こちら側に来るのが当然だろう、と言わんばかりに紫音は首を傾げた。



「サブラージを裏切るような真似はしたくない。……考えさせてくれ」



やっと紡ぎだした答えをいうと、黄果が時計を見てから立ち上がった。そしてまっすぐルベルの正面に立ち、「その程度なんですね」と言った。



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