ただの平凡
 


ここ数週間、白華は誰にも襲われることはなかった。ついこの間までマフィアに追われていたことが嘘であるかのように彼の周囲には平凡が帰ってきたのだった。助手も、晴れて無事に退院した左都も同じだ。
現在、三人は中央区にある高級マンションに暮らしていた。この一室は右都が前から隠れ家の一つとして借りていたものだ。助手の「お金がもったいない! 使いすぎ!!」という発言もあったのだが、白華のいない間に右都の説得力には敵わなかったのだった。



「え? 今なんて言ったの?」

「あはははは、助手くん、お皿われちゃったよ。どんだけ驚いてるの」

「ちょっと左都はひっこんでて」

「ういーっす」



現在、助手の標的は白華に絞られていた。昼食の準備をしていた助手は驚いてその手から皿を滑らせてしまった。左都は助手の代わりに割れてしまった皿を片付ける。
白華は自分の言ったことを再び繰り返して言った。



「だから、師匠のとこに寝泊まりする。そっちで修業する」

「唐突だね……。どうして?」

「いつもオレ、朝早くに行って帰りが遅いだろ。だからそうしたほうがいいって、師匠が。オレも賛成してるし……」

「……なるほど。わかった」

「え、いいの!?」

「僕は白華のお母さんじゃないんだよ。紫音のことは信じてるし、白華の強くなりたいていう気持ちがわからないわけじゃないんだから構わないよ。生活費も浮くしね」



「お母さんみたいなことしてるけどねー」と左都が呟いたが助手は無視を決め込んでいた。
最後の方の助手の本音はともかく、白華はほっと安心した。助手は反対するだろうとおもっていたために荷が軽くなった。心配性でもある助手が、ついこの間まで命を狙われていた白華を心配するのは当然のことだ。しかしここ数日の平凡に、南区による北区への説得に成功したのだと解釈したのだった。



「しばらく白華に会えないのかー。学校にはいつ戻るの?」

「修行のほうがひと段落してからだな」

「そっかー……。じゃあお別れパーティーしないとね! 白華いつ行っちゃうの? 今日? 明日?」

「さすがにそこまで急じゃないけど……、まあ、師匠のほうはいつでもいいって言ってるし、来週かな」

「助手! 聞いた!? 来週お別れパーティーだよ!」

「はいはい聞いてたよ」



意気揚々と新しい皿を助手に手渡しながら左都は今日の献立を見た。白華の腹の音が鳴るのを助手が困った表情をして笑っていた。



「白華、ケーキは私が作ってあげるよ!」

「……え? 左都って料理できるの……? あ、あのさ、無理しないで助手にまかせとけよ。マジで。オレまだ死にたくないんですけど」

「ちょっと君、君。私をなんだと思ってるのかね? 私だって作ることくらいできるからね!」



左都が助手に泣きつく。助手は左都をあやしながらチャーハンを皿に盛った。白華が食事の準備を急いで、三人で食卓を囲む。左都の「いただきます」に合わせて三人が昼食を口にした。