女帝と皇帝
 


女帝は手負い。そして医院への救助には師匠たちに行ってもらった。ならば白華のやることは当初と変わらない。

白華は手にナイフを構え、物陰から姿を現した。
助手も女帝も驚いている。白華は熱くなる体を冷静な頭で落ち着かせる。腕を振って、手首を柔軟に動かし、ナイフを女帝に投げる。いくら手負いであっても白華のような、素人より少し訓練を重ねた程度の力量では女帝に当たりはしない。しかし白華の目的はここで女帝を刺すことではないのだ。
空になった手で助手の手をひっぱり、女帝の横を走り抜けた。



「白華!?」

「中央区に行こう!」

「え、待って、黄果の――」

「そっちにはオレの師匠と奪還屋と運び屋に行ってもらった! だから大丈夫!」



白華の言葉を受けて助手は不安を抱えた状態で振り返った。背後の空はやはり赤い。質の悪い嘘を白華がつくとは思えず、助手は白華を信じることにした。
助手と白華が中央区に向けて駆ける。その背中を女帝は溜息を洩らしながら眺めていた。もう女帝にはあの猛者を追撃する体力など残っていない。負けを確信する。もう見えなくなった背中から目を離した。



「中央区には手を出せない……。負けね」

「そうですよ、彼氷」



路地裏から皇帝が――草立が姿を現した。彼氷は彼の方を向いた。まるで最初から彼がそこにいたことを知っていたかのような反応に草立は肩をすくめる。



「また私を説得しに来たのかしら? 無駄よ。私が彼を殺そうとする理由が理解できないわけではなでしょう?」

「ええ。彼が、中央区以外のもの皆が人造人間だと喋ってしまってはいけない。口を封じなければいけません。そう、殺してでも」

「人造人間は生まれてはいけなかったのよ。代用のきく便利で短い命。こんなもの、あってはいずれ人間と人造人間で抗争が起きてしまうわ。今でさえ、中央区と我々東西南北は睨み合っているのよ。人間から私たちは危険視されている。当然ね」



自嘲した彼氷は狭い空を見上げた。フラフラとした頼りない足が折れて地面に座り込む。その隣を草立が座った。頭につけていた造花をとって彼氷の髪に添えながら彼女の言葉に頷く。



「人造人間は人間を必要としていません。子孫繁栄の道具として人間は我々を造りましたが、人造人間は結局、人間との間に子供をつくれなかった。失敗した。いまや互いに邪魔者としかおもっていない。この防御壁都市の地形から、抗争になってしまえば中央区は廃墟と化すでしょう。彼氷の人間を優先に考えるその思考はわたしも賛成しています」

「説得しようったって無駄なのよ、草立」



彼氷は草立の添えた造花を捨てようとしたが、その手は抑えつけられてしまう。彼氷が睨むと草立は困った表情をした。



「幼いころ、病弱なわたしの彼氷はこの造花をくれましたよね。二人でこの腐った都市を革命しようと。この造花が似合うのはやはり彼氷ですよ」

「この造花はあなたが死なないようにと、枯れないようにと渡したものよ」

「いま、枯れてしまうそうなのはわたしではなくて彼氷ですよ。もう何年もあなたの涙を見ていない……」

「弱味をみせるほど暇じゃないのよ。とくに今はあの隻腕の少年を殺すことで手一杯ね」

「弱味を見せて下さい。あの少年は殺さなくてもいい。彼は何もしゃべらない」

「根拠がないじゃない」

「直感です」

「あなたは私を怒らせたいの?」

「まさか。でもあるでしょう? 感覚でしか理解できないものが」

「曖昧よ」

「ふふふ。そうかもしれませんね」



草立の体が揺れた。彼氷は何も言わずに彼の背に身体を預けた。

小さなころはあんなに病弱で頼りなくて男か女かわからないような可憐な外見をしていたというのに、いつのまにか声はこんなにも低くなって、身長も高くなって。今でも相変わらず病弱であるには変わりない。それでも頼りになるほど彼は立派になった。
そっと彼氷を疲れに身を任せて目を閉じる。