助けを求める
 



大きな音。地を揺らすほどの音。彼の、彼らの心を揺るがす音。
瞳孔が開き、助手は振り向いた。真っ黒であるはずの空が赤くなり、すぐ真下から火の手が上がっている。



「あそこ……、左都がいる医院じゃ……」



信じられないと言う白華の声が、助手を貫く。
黄果の医院が爆発した。その音を聞き、周囲がすこし騒がしくなる。



「あの医院の周囲を私の部下が囲んでいるわ。中の人は出られないでしょうね。時間がないわよ。みんな、骨になってしまうわ」

「外道め……」

「マフィアはこれくらい外道なのがちょうどいいわ。……いえ、私たち人形は恨まれるべきなのよ」



女帝はもう傷だらけで、一目では助手が有利に見えるのに状況は圧倒的に女帝の手中だ。助手は奥歯を噛んだ。確かに女帝の下につけば白華も、左都も助けられる。あの医院には左都以外の患者だっているのだ。助手がひとつの決断をするだけで救われる命がある。医者を目指していた助手は他人の命を救う大切さを知っている。
自分が、今、何を優先すべきか――。

それはもちろん、女帝の下につけばいい。

しかし、本当に女帝は信頼し、忠誠を誓えるか?
助手がサポートするべきと決めたのは情報屋の右都。この忠誠を裏切るわけにはいかない。



「……助手」



このとき、白華は女帝に隠れた位置でずっと悩んでいた。
助手が女帝になにを言われているのかは十分きこえる。自分はここでなにをすべきだろうか。女帝に見えないのだから……。
ふと、持ってきたナイフをとりだした。これで女帝を奇襲する? 女帝の注意は完全に助手に向いている。女帝へ奇襲するには絶好。しかし、白華の投擲は命中に補償がない。女帝に当たるとは思えない上、失敗しては刺激を与えてしまう。

なにかないかと、白華は片腕で自分の体を漁った。ふと、ポケットに固い感触を感じだ。取り出してみると、それは携帯電話だった。



(……携帯電話で……一体なにが……)



ぱか、と開いて狭い画面を眺める。アドレス帳を開く。気持ちが焦り、携帯電話を握る手には湿気がつのる。下へ指示を出すボタンを押していけば、そこには自分に戦い方を教える殺し屋の名が。




「どうしたら、どうしたら……っ」



そのアドレス帳の下の方に、「ルベル」の名が。白華とは直接的な関係がないその名に目が止まる。殺し屋に知らせてもらった仕事屋だ。他にも複数の仕事屋の名があった。とくに、白華の師匠である殺し屋の紫音、奪還屋のルベル、運び屋のベルデ、闇医者の黄果、尋問屋のコリー。この五人はその仕事屋の名に関係なく、マフィアの関わる依頼なら請け負うと聞いている。

白華は迷わずその「ルベル」に助けを求めた。



『はい、もしもし』



受話器の向こうからは低い男性の声がした。どこか野性的な声で、紳士とはかけ離れた落ち着きを知らぬ声音。まるで体育会系の声に今の白華はすがった。



「だ、奪還屋……、ですか」

『あ〜、はい。仕事の依頼でしょうか』

「助けて欲しいんです。あの、左都が……!」

『サトォ?』

「あ。いや、南区にある闇医者の医院が、爆発、して」

『黄果のとこですか?』

「っそうです」

『それが奪還とどう関係が……。運び屋と勘違いしてるんじゃ』

「北区のマフィアに、やられて」

『おい、ちょっと待て。北区のマフィア? 爆発だと? お前が知ってること全部吐け』



仕事の依頼とは別物の依頼だとわかると彼は敬語を外した。白華は助手と女帝の聞こえてきたことを慎重に話す。焦る気持ちを抑えるのに必死で自分がなにを話したのかよく覚えていない。
最終的にルベルは了承した。次に白華の師匠だ。彼女もまた了承してくれた。その師匠から運び屋に連絡を入れてくれるらしい。彼女は最後に『白華、心臓を落ち着かせ、冷静になれ』と言い残した。
僅かな期間とはいえ、彼女は白華の師匠。白華が何をしようとしているのかお見通しらしい。