誘惑
 


助手の攻撃は徐々に速度をあげていった。戦闘をはじめたときに比べて彼は戦闘がうまくなっている。これは助手本来の実力なのだろうか。いや、もともと助手というこの少年は戦闘が長引くにつれて強くなるのだろう。
疲労を隠しきれなくなっている女帝は奥を噛んだ。はじめは確かに女帝が圧していた。その証拠に、助手の体から血が滲んでいる。しかし今は女帝が完全に圧されていた。助手の目は獣のようにするどくなっており、その眼力だけで人を殺してしまいそうなほどだった。普段、助手の紳士的な態度からは想像もできないそのまなざしを女帝は嘲笑した。



「あなたがいままで一般人でいた理由がわかったわ。どうして一般人なのにそこまで戦闘能力があるのか不思議だったのよ」

「親に教えてもらっただけですよ」

「ええ。でもそれが基本だけよ。文系のただの優男かと思ってたけど、評価を改める必要があるわ」



助手に向けた銃口が鞘に弾かれた。照準がずれて弾丸は関係のない壁に埋め込まれる。助手の突きを女帝の頼りない足がなんとかかわす。もう一時間ちかくもこうして戦っているのだ。女帝の体力は限界を超えていた。それなのに、今、彼女の顔に浮かぶのは気品のある見下した笑み。
この状況において、女帝は汗を血をながして助手に負かされているというのに。



「一般人が過剰な戦闘能力を保有しているわけじゃないのよ。過剰な戦闘能力をもつ一般人がいるの。誰かに裏社会に行ってはならないと抑制されていたのではなくて?」

「それがなんだというのですか」

「それをあなたが隠していたのかそうでないのか……。そんなことはどうでもいいわ。その力、私の組織でふるうつもりはないかしら」

「狂言に付き合ってる暇はありません」



助手に一振りが女帝の腕を斬った。ドロドロと血が流れる。女帝はその腕に力が入らなくなって銃を地面に落とした。安全装置の外れていないそれは地面で騒ぎ出したもののすぐにおとなしくなる。肩を上下に動かして呼吸を懸命にする女帝。それでも膝を地面につけることを拒み、立っていた。
助手は銃を拾い上げると全弾地面におとして銃に安全装置をかけ、蹴り飛ばした。



「そこの少年も、うちに入るというのなら、もう殺そうとは思わないわ。同じ秘密を共有する仲間として迎え入れましょう」

「狂言ですね」

「そういえば、あの――長髪の女の子……」

「っ」

「無事かしらね?」



左都には尋問屋のコリーがついているはずだ。心配する必要はない。
そう思っていても、助手は心底で違和感に気が付いていた。鋭い瞳が、揺らぐ。

――なぜ、ここには女帝しかしないのだ。と。

付き人なりスナイパーなり、連れていてもおかしくはないだろう。なぜ、なぜ、ここには女帝がたった一人でしかいないのだ?

助手の体温が下がっていく。
そして、タイミングが悪く、背後で爆発音が響いたのだった。