情報屋の助手
 



「……助手……」

「はい」



フラーウスは復唱して悩んだ。それから快く頷くと、右都は喜ぶ。



「ああ、よかった。人手が足りないと思っていたんですよ。ありがとう、フラーウス」

「あ、待って。フラーウスは止める。もう、その名前は必要ないよ。僕は僕じゃなくなるし……」



学校と医者になる夢をやめるどころか、今までの生活が変わる。両親は死に、フラーウスはもう元の生活に戻りたくても環境が、状況が、現在がどうしても邪魔をする。
フラーウスという名は、彼が変わるのに必要のない名前だった。



「では、なんと呼べば……」

「考えてなかったな……。偽名? とか……?」

「普通は偽名ですよね。偽名というよりは新しい名前ですね」

「うーん……」

「それも考えていないんですか? 世話の焼けるというかなんというか。だったらそのまま情報屋の助手とでも呼びますか」

「それでいいや」

「え。冗談のつもりだったんだけど……。まあ、本人がそれでいいならいいですよ。改めて宜しく。助手くん」

「宜しくね、右都」



右都は満足そうにしていた。
フラーウス――助手は左都にもしっかりこのことを話さねばと思う反面、どうやって説明をつけようか悩んだ。すでに一度怖がらせてしまい、その結果左都の人格は右都と交替している。

そこへ、病室の扉をノックする音がした。助手が返事をする前に右都は口を開く。



「私は寝ます。起きたら左都になっているでしょう。しっかり説明するんだよ?」

「右都は僕のお母さんなの?」

「ふふ。おやすみなさい」

「おやすみ」



すぐに右都がすうっと寝息をたてて眠りについてから、助手はノックの相手を迎えに行った。白華にしては帰りが早い。黄果や看護師ならノックをしてすぐに入ってくるのに、誰だろうかと助手は考え、扉を開けて驚いた。
南区マフィアの皇帝とノウなのだ。すぐに扉を閉めてやろうかと考えたが、彼らの持つ花とフルーツに、その手が止まる。



「あ、あのっ! 昨晩は本当にすみませんでした。お見舞いです」



なんの悪意もない様子で皇帝がフルーツを差し出した。助手はノウを見る。ノウはぶっきらぼうに花を助手に押し付けた。



「え……っと、はい?」



助手は混乱した。
助手と左都を殺すなにかの作戦だろうかと警戒してしまう。しかし、それでも皇帝に悪意はない。ノウから殺意も敵意も感じない。



「お見舞いに来ました。治療費は我々南区が持ちます。大変申し訳ないですことをしたので……」

「お金のことは嬉しいですけど、なぜ? どうして急にそんなことをするんですか?」

「なに、簡単な理由です。わたしたちは隻腕の少年を殺さないことにしました」

「……え?」



さんざん敵意を向け、向けられてきたノウをみた。彼女は顔をそらしている。



「わたしたちは隻腕の少年が、ある秘密を聞いたので口封じのために殺そうとしました。そのことは彼から聞いていますか?」

「……何も……」

「でしょうね。昨晩、あなたが来る前に少女がそれらしいことを言っていたので気になっていました。彼が口を開く様子がないと判断したわたしたちは殺さなくてもいいと考えたのです」



「しかし」と皇帝は続ける。



「これは南区の判断です。北区の彼氷――女帝たちはわかりません。攻撃を続行すると思います」



皇帝は申し訳なさそうにした。