左右
 



「あ」

「おかえりー、フラーウス」



笑顔で帰宅したばかりのフラーウスを迎えてくれたのは右都だった。しかしフラーウスの憶測では彼女は左都だ。風呂上がりのようで、髪からしずくを滴らせている。少女らしく元気な満面の笑顔を右都はしないはずだ。
フラーウスは「ただいま」と返事をした。



「……右都?」

「ん?」

「いや、なんでもないよ。後で部屋に行くからね」

「? うん、わかった」



首をかしげつつも右都は「お風呂入れるよ」と言い残して自室に戻っていった。フラーウスはリビングに行くと、テレビをみていた白華は右都と同じようにフラーウスを迎えた。
荷物を置いたフラーウスは白華から先に風呂に入る許可を貰って脱衣室へ言った。シャワーを浴びている最中も、身体や髪を洗っている最中もフラーウスは右都のことばかり考えていた。本当に二重人格だという仮説が当たっているのか。外れていたらとても失礼なことを言ってしまうことになる。風呂から出て右都の部屋に行くまでの間、フラーウスはずっと悩んでいたが、ドアノブに長い指が触れたとき、フラーウスはふっきれた。
もうどうにでもなれ、という感情だ。



「右都、入っても大丈夫?」

「はいはい、どうぞー」



ノックをすると右都の返事が届いた。元気ではあるがどこか落ち着いた雰囲気を宿す独特な雰囲気だ。これは左都ではなく右都だろう、とフラーウスは思いながらドアを開いた。ノートパソコンをベッドの上で広げながらのんびりしている右都の姿があった。



「お仕事お疲れ様。助かったよ。ありがとう」

「ううん。僕もいい経験になったからきにしないで」



フラーウスは右都に筆箱を手渡ししようとして差し出した。右都の手に乗った筆箱はフラーウスの手から離れない。不審に思った右都がフラーウスを見上げれば、フラーウスは目を反らして眉間にシワを寄せていた。

「どうしたの? なにかあった?」と右都が聞くとフラーウスは強い眼差しを右都に向けた。右都は少し驚いた様子を見せたがすぐに首を傾けてフラーウスの話を聞く様子を示す。



「今日、帰りに右都の学校に行ってきたよ」

「不法侵入だよ」

「右都の名前、なかったよ。……前々から思っていたことがあるんだけど、いいかな」

「……渋ってないでぶつかっておいでよ」

「君たちは二重人格じゃないかな?」



つう、とフラーウスの頬を汗が伝ったような気がした。
フラーウスは緊張をしていた。嫌になるほど全身をめぐる血の感覚がわかる。右都はどんな反応をするのだろうか。人格が二つになってしまうほどの過去の闇を引き出してしまったのかもしれない。失礼なことを言って怒ってしまったかもしれない。
フラーウスは右都の口が開くのをいつもより遅く感じた。



「さすが! すごいですよフラーウス。たった数日で見抜くなんて!」

「へ?」

「何情けない顔して惚けてるのですか?」

「本当に、右都と左都にわかれてるの……?」

「主人格は左都。左都が元で生まれたのがこの私。君になら私たちの関係について話してもいいと僕は思います。しかし俺が話すのはお門違いというもの。私の記憶も僕の存在でさえも、右都という俺は左都のもの。左都が話すのが道理だよね」

「僕を信用してるの?」

「フラーウスを信頼してる。フラーウスはどうですか? 二重人格だと知ってしまった私たちのこと……。どう思ってますか?」



フラーウスは言葉で示すよりも優しげに微笑んで筆箱から手を離した。
右都は満足したように笑みを浮かべて見せる。



「たった数日で判断するのはやっぱり早いかな」

「それは私も同じ」



右都はパソコンを閉じてテーブルに起き、仰向けにその場で寝転がった。寝てしまう体勢だ。



「私が寝たら五分後くらいに起こして。それは左都だから。左都から全部話を聞いて」

「本当に僕が聞いていいの?」

「不安?」

「心配」

「だっからこれからも僕の仕事を手伝うと約束してよ。学校の合間程度の手伝い」