皇帝
 

横からの攻撃。素手ではない。フラーウスがそれは杖だと認識したときには遅かった。杖がフラーウスの横腹を思いっきり叩きつけられた。フラーウスの口から空気が抜ける。ガチャンとテーブルに体が激突した。全身の痣が叫んだような気がしたが、フラーウスは自身に鞭をうってたちあがり、続けざまの攻撃を回避した。



「女帝の武器は先がするどい刃になっている鉄扇。このタイミングで僕を攻撃して、なおかつ棒状の武器をもっているのはこの場に皇帝しかしない。貴方は皇帝ですね?」

「ええ。貴方の声は聞いたことがありません。新人ですか? アルバイトですか? 一般人ですか?」

「さあ? 僕も最近わからなくなってきてるんだよね」



フラーウスはそう曖昧な回答をして、鞘から抜いていない刀を振るった。頭が眠気で重たいせいか、その行動にでるには一拍おいた。皇帝の影はそれを少し体をずらすだけでよけた。引いた片足のせいでバランスを崩し、すこしよろめく皇帝の足を蹴って転ばせた。



「南区の若いボスは病弱と聞いてるよ。あんまり動かないほうが身のためじゃないかな。それにほら……、眠いでしょ? 怪我するよ」

「なぜわたしが病弱と知ってるんでしょう? それは外部の、しかも一般人かもしれない人間が知るわけがありません。うちの幹部しか知らないことをなぜ知っている?」

「僕だってそれなりに情報網はあるってことですよ。あんまり馬鹿にしないでくださいね」

「そうですね。あなたは一般人ではありませんね。完全にこちら側の世界にいる。あなたなりの情報網があるといいましたが、あなたは情報屋ですか? もしくは近くに情報屋はいますか?」

「僕は情報屋じゃないですよ。学生です。それにこれは僕の情報網。情報屋が誰かにバラすわけがないでしょう。こんな高価な情報を」

「他にも知っているような口ぶりですね。よかったら雇用しますよ」

「そろそろ眠くなってきませんか?」



まったりとした口調の皇帝の様子を眠さ故と判断したフラーウスは舌を噛み、女帝のバッグのある場所まで歩いた。手に取り、中をあさる。罪悪感を感じながら漁ると、中から缶でできた四角い筆箱が出てきた。側面には名前が書いてあるが、使ってからだいぶ時間が経つのか、かすれていた。バッグのなかにはそれ以外筆箱らしいものはなく、これが右都の求めていたものだろう、とうなずいた。



「あなた、名前は?」

「……。僕は帰ります。ただ物を奪還しにきただけなんで」

「奪還屋のアルバイト君でしょうか」

「違う」



フラーウスはいまだにどこかで戦闘を繰り広げているルベルを目で探した。ガラス製の何かが壊れる音は止まない。ごほごほ、と咳き込む皇帝にフラーウスは小声で「大丈夫ですか?」と聞く。医者を志す彼は病人に弱く、ついそんなことを聞いてしまう。直後にクスリと皇帝が笑う声がした。



「優しいですね。味方ではないにしろ、あなたは良い人柄のようだ」

「褒めたってなにもしないよ」

「ノウを倒しただけではありますね。戦闘に特化してないにしろ、彼女は天真爛漫で暴れん坊なのですが」

「……」



皇帝への返事はしないままフラーウスは「ルベル、奪還した」と声を張った。奥から銃声がして、「今そっちに行く。さっきの待ち合わせ場所まで行け」と往復したのでフラーウスはそれに従った。走って待ち合わせ場所であった小さな公園へ向かう。夜の風に眠気が徐々に冷めていく。

フラーウスはルベルを待っている間、筆箱をみた。勝手に開けて中をみるような真似はしない。彼が見ているのは名前の部分だ。何度みても、「右都」と書いてあるのかわからない。眉間にしわが寄った。