▼ 混沌の魔法少女 サブラージの後ろから猿の爪が襲い掛かった。 雪之丞の攻撃にいち早く気が付いていたのは初である。初は慌てて自身が盾となり雪之丞とサブラージの間に入る。雪之丞の爪が初に触れる寸前で止まる。 「――っは」 サブラージは振り返り、恐ろしい形相の雪之丞を目の当たりにして驚愕した。つい先程までにこにこと笑っていた雪之丞が、まるで恐ろしい獣のような顔をしているのだ。穏やかな雪之丞はどこへやら。 「サブラージ!」 「隙だらけだぞ、天使様よぉ!」 サブラージを心配する玉乃をルベルのトンファーが殴る。腹を容赦なく殴られた玉乃は地面にうずくまり、ゲホゲホと空気を吐いた。ズゥンと玉乃の輪郭が鈍くなり、そのまま溶け込むように姿を消す。ルベルはポケットから吊られた十字架を気にしながら「便利な体だなぁ」とぼやいた。 「それより、えーと、雪之丞? てめぇ、どうしたんだよ、急に」 「ごめん、急に参加して」 雪之丞は高い跳躍をするとルベルの隣についた。驚くルベルとサブラージには気が付かず、申し訳なく初を見る。 「サレンにちょっと言われてね。早く元の世界に帰りたいし、まとめて片付けてもらおうかなって」 「もらおうって、テメェ、初めから負けるつもりか? 戦う気あんのかゴラ」 「初を敵に回す気はないよ、俺」 「あぁん?」 「だって俺が参戦するのは、こんな危ない世界に初を置いておけないから……。ねえルベル、まさか本気で戦う気じゃないよね?」 「ハン。俺の心を読んでるくせに聞くのか妖怪。そりゃあ、さすがにガキ相手に本気出したりしねえよ。まあ、サブラージがあいつと似てるから俺も勝手に手加減しちまうけどな」 このシスコンが、とサブラージの口が動いた。ジトとルベルをみるサブラージの心境が伝わったのか、雪之丞は苦笑いをした。真にルベルとサブラージの過去と正体に勝手に手を出すなどと野暮なことをしないのが雪之丞の優しさであった。サトリの力をもってすれば、プライバシーもなにもない。 「けどなあ、たとえ本気で戦うことはなくとも、握手だけは守り通せよ。死ぬほど簡単な戦闘ほど意味のねえものは無い。初めから仲良く握手しとけばいいだろうが。雪之丞が俺の隣に立つってんなら最低限は抗えよ。足手まといなら後ろから殴るぞ」 「無意味な戦闘ね……。確かに簡単に握手できちゃ、初を守っていても馬鹿にされちゃう。最低限は抗うよ。でも、あの子たち、強いよ」 「当たり前だ。いくらガキどもでも相手は予知能力とかいう奴と天使に、あの年で回収屋してるマセガキだ。最低限の抵抗でも油断はしねえ」 満足げにサブラージの口が動いた。そして瞬間、消えていた玉乃がルベルと雪之丞の間に姿を現す。体制を整えた玉乃は左右の指に指輪を付けていた。その手をルベルと雪之丞に突き出す。手と男二人の距離は実に十センチ。二人が気が付いたときにはすでに遅く、魔術が発動していた。 発生する小規模の竜巻。ルベルと雪之丞は吹き飛ばされた。 ルベルも雪之丞も長身の男である。170後半の身長であるサレンを裕に見下ろすほどの高さである。よって体重も重い二人が、玉乃の手によって簡単に吹き飛ばされたのだ。それを見ていたナナリーは素直に驚いた声を出した。 ――その、大男の着地点を正確に、一寸の乱れなく予知した初は隙のない攻撃を仕掛ける。ルベルの足元から目を覆うほどの大量の虫が湧きあがる。背筋に寒気がはしる嫌気。虫が大量に宙を這うのは単純に気持ちが悪い。虫好きでもなけれは逃げ出したくなるほどの有象無象である。 雪之丞にはサブラージの牙が襲う。飛ばされてきた雪之丞を待ち受けるその瞳には確かに殺気が込められていた。雪之丞はそれを察すると、くるりと体を反転させ、空中で着地点の変更を上書きしたのだ。だが、それも初には読まれていた未来。サブラージは飛んで雪之丞を追った。そして雪之丞のスーツが裂かれる。少量の血液が舞う。地上に降り立ってからはサブラージの得意分野だ。手数の多く素早い攻撃が嵐のように雪之丞を攻めた。しかしサトリの雪之丞はサブラージの次の攻撃が手に取るようにわかる。避けるのは容易だ。 「っち」 「左、右、上、上、下……」 「うっさいっての!」 「わかるよ、君の攻撃――、!!」 雪之丞は唐突の吐き気に口を抑えた。頭が気持ち悪い。脳みそがトロトロに溶けて口からあふれそうだ。高速で地球が回転しているのかと疑うほど、平衡感覚を失う。足をくじいて、雑草の上に転がった。 なにが起きたのか理解できない。 いまだに続く吐き気の正体がわからない。探ろうとして、理解した。 そして目の前の少女の賢さに「あぁ」と溜息をもらす。 「心を読む妖怪、サトリ。次の攻撃を先読みされてすべて読まれる。だったら、私が出す『次の攻撃』を数多用意すればいいだけの話」 つまり、心を読んで相手の次の攻撃を受信していた雪之丞を混乱させればいいのだ。次の攻撃のパターンを多く用意すれば、情報量の多い受信にサトリがパンクする。人間にたくさんのものを一気に教えればその情報が整理できずに混乱してしまうことと同じだ。 サトリの攻略をものの数秒でこなしたサブラージの勝利である。 「頭がいいね。 当然」 「当然。だって、それが私の取り柄であり、特徴であり、性質なんだもん」 はじめだけ、雪之丞とサブラージの声が重なる。 そしてサブラージは雪之丞に手を伸ばし、握手をした。 音よりも速い速度の攻撃がルベルに到達した。ビリリと手足がマヒしたが、そんなものは根性で無視だ。非戦闘員でしかない初は後回し。攻撃してきた玉乃をターゲットに絞ったルベルの攻撃は目に見えないくらい速くて重い。 無機質なトンファーが左右に上下から玉乃に襲いかかった。玉乃の回避法と言えば、消えることのできる「変身」を利用することのみ。物理的に転がったところでルベルの攻撃を避けきれないと判断したまでだ。 「逃げてばっかだとつまんねえだろ」 「僕、接近戦は苦手なんだよね……っ」 「笑えねえ冗談だぜ」 「本気なんだけど、な」 姿を消してばかりで一向に決着がつかない。しかしルベルは燃料切れになることなくしぶとく攻撃を続ける。時折、初が小石や土をルベルの頭上から落下させるが、目くらましの役割が果たせているのは分らない。 玉乃は姿を消しているさなかでもその手の指輪を計画的に使用することにした。 二分程度逃げ回ったところでその布陣は完成した。 天使により魔術行使。 もとより、逆転が行われる。 ついさきほどまで推していたルベルの動きがとまった。まるで目に見えない鎖に縛られているかのように腕や足が動かないのだ。 「!?」 「?」 後衛にいた初はルベルの動きがビタリと停止して首を傾げた。スッと姿を見せる玉乃は初には知らないうちにルベルの攻撃を受けていたようで、血のにじむ顔をしていた。白い服で口元に付着していた血をぬぐって、玉乃はルベルに近寄る。 「俺の負けか」 「ルベルの武器が刃物だったら僕が負けていたよ」 笑うルベルと疲れ切った表情の玉乃が握手を交わす。 雪之丞とサブラージも同時の手をつないでいた頃で、やっと一安心できるかと思われた。 「うあ――ッ!!」 「ナナリー!?」 「!」 ナナリーの悲鳴とサレンの驚いた声で、すべての終息が今ではないとすべての者に悟らせた。自由になったルベルを含め、戦闘を行っていた全員が声のした方を振り向く。 そこには、ロルフに力づくで押し倒され、瓦礫に縫い付けられたナナリーがいた。それは、観客に徹していた金神、リャク、サレンから数十メートルも離れた先で。悲鳴から一秒ほどしか経っていないというのに、一瞬で移動したというのか。 着物であることでろくな抵抗もできないナナリーに、獣の息がかかる。 「空腹の獣が本性を見せおったわ」 と金神の楽しそうに笑いを含めた声が、ここにおるほどんどの者に寒気を誘った。 2014/07/27 01:00 |
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