混沌の魔法少女

  

「もー! 私だっさ! かっこわる! 雑草になりたい!」

「元気出せよ、サブラージ」

「まさかルベルに慰められる日が来るとは思わなかった!」

「はあ? 俺、前に慰めたことあるだろ」

「自分がシスコンだって露呈しただけじゃん」

「うっせーぞゴラ!」


サブラージがうわあああ、と叫びながらルベルへ飛び膝蹴りを仕掛ける。ルベルはそれを軽々と避け、そのまま泣き崩れるようにうずくまったサブラージの背中を擦った。

戦闘が一段落し、各々が休息を取りはじめた。ナナリーが変身の解き方を教えていないせいでいまだ変身を解かれていない初、サブラージ、玉乃であったが、休息は休息。逃げるように初は雪之丞のもとへ駆け、玉乃は金神に呼ばれて彼のもとへ行く。
体のあちこちが痛む魔術師サレンと、首謀者の封術師ナナリー。彼らのもとへリャクが「使えないなお前ら。それでもオレの部下か。モルモットまで格下げした覚えはないぞ」と怒鳴りながら寄っていった。正座して項垂れるナナリーと、割れた眼鏡をスペアと交換するサレン。それぞれが休息をしていた。


「し、しんじゃうかと思いました……!
初が死ななくて良かったよー! おかえり、おかえりおかえりっ!
この、衣服ははれんちです! 雪之丞おー
大丈夫だよ初。可愛いから。
そういう問題じゃないですよ! 分かっているでしょうっ?」


まるで雪之丞の一人二役の演劇のような、初と雪之丞の会話がわきでツラツラと成され、サブラージの泣き言を小バカにしつつも慰めてくれるルベルのわきで、玉乃は緊張していた。
本物の天使は、本物の神を前に言葉を詰まらせていた。
同じく神の前にいるロルフは二匹の狼とじゃれあっていて、玉乃の緊張感をぶち壊しているのだが。


「金神様、僕にどのような」

「西洋の使いか。俺とは相容れんが、こうして出会ったのも一重にお前の悪運の強さだな。珍しいこともあるものだ。少し俺の雑談に付き合え。そこの犬は喋りが遅くてかなわん」

「だから、俺は犬じゃない……。何度も、言ってる」

「ほらな」


狼とじゃれあった勢いか、瓦礫の上に寝転がったロルフを金神は鼻で笑った。玉乃は天使特有の美しく長い睫毛をパチクリさせるとクスリと笑った。


「そういえばロルフ。海外の人は天使をありがたがったりするんじゃないの?」


雪之丞が初の足をスーツの上着で隠しながらふとそんなことを言った。ロルフは狼と一緒に雪之丞を見る。


「……俺はもう……教会、に、殺される側の狼男……だから。天使とか、そういうの……信仰してない」


まっすぐロルフが返し、雪之丞はあっさりと「そっか」と言う。箱入り娘の初には海外事情などわからず首を傾げるだけであった。天使について詳しくは知らない雪之丞ではあるが、西洋ヨーロッパにある教会等に天使の絵画があることは知っている。信仰対象ではないのかもしれないが、天使を格上とするのではないかと思っていたため、失言だったのではないかと、ロルフから視線をそらした。
と、そのとき、散々嘆いていたサブラージが声を張った。


「あーもー、だめ! 連戦しよう連戦!」


ルベルの慰めがどう働いたのか、サブラージは立ち上がった。好戦的にも、まだ戦うと言う。それが聞こえた白衣の集団はサブラージに注目する。ナナリーはやる気を出してくれたのかと頬を緩ませていた。


「おやおやぁ、いいんじゃないですか?」


サレンはニッコリとした笑顔をサブラージへ向けた。サブラージは目を合わせない。


「え? 誰と?」

「あー、それは盲点だった。ナイス玉乃。ルベルでいいんじゃない?」

「俺か!?」


玉乃のやる気のない声に突っ込まれてサブラージは慌てることなく適当に、ルベルを指名した。「ふーん」と玉乃はルベルを見る。ルベルは異能者でも狼男や妖怪でもない、人間だ。裏社会で奪還屋をしているくらしいか一般人と差はない。そんな彼が、非現実的な魔法少女と戦えと、今言われた。

サレンの言うように、白衣三人組から否定の意見は飛んでこない。狼と遊んでいるロルフは論外。口元を緩める金神は賛成しているのだろう。さきほどから見ているだけの神様だ。


「ま、僕はいいけどね。こんなに体を動かす機会ってなかなかないし」


玉乃は賛成の意見だ。サブラージが期待を込めた目で初をみる。初は雪之丞と会議中であった。 まるで雪之丞だけが喋っているような彼らの会話は誰がどうみても異質だった。やがて雪之丞がしぶしぶ「初は楽しかったみたいだし、どうぞお好きに」とふて腐れていた。


「えー、まじかよ」

「あっれー? オニーサンの武器は錆びてるの? 奪還屋は廃業ですかー?」

「回収屋を廃業させてやろうか」


ルベルと魔法少女らが戦うのはサレンとナナリーの二人と同じ場所。ルベルはどこからかトンファーを取り出して両手に握った。初は初めて見るその武器に首を傾げてみる。実体化したまま玉乃はサブラージに問う。


「サブラージって彼と同じ世界から来たんだよね?」

「うん。一緒に来るのならベルデのほうが良かったんだけど、まあ、そうは言ってられないよね。で、なにか?」

「ルベルはどんな戦いかたをするの? 見たところ、異能だとか魔法だとか錬金術だとかは習得していないみたいだけど」

「私たちの世界にはそんなものはないよ。ルベルはあの大きな体格で動きは速くて、力任せな戦いかたをするんだよ。まー、ルベルの特徴的な部分といえば、武器を数多使用してくるところかな」

「たくさん?」

「そ。今はトンファーなんか持ってるけど、背かには剣があるし、足には拳銃、ベルトにはナイフ、腰には手榴弾。たくさん武器を持ってんの」

「それ、邪魔にならないの?」

「さあ? ならないんじゃない? 今は持ってないけどマシンガンや大鎌なんて武器も使うし、ルベルは本当に何でも武器を使えるんだよね」

「なるほど。握手をしたら貰えるのはその力だね」

「かもね」


玉乃は姿を消す。サブラージは短剣を両手に構え、初はまっすぐにルベルを見つめる。先制はサブラージだった。まっすぐにルベルに斬りかかる。ルベルがサブラージを避けるのは容易で、それはサブラージも見越していた。サブラージの懐から手榴弾が飛び出る。すでにピンを抜かれたもので、ルベルはとっさに回避した。小規模の爆発を起こした手榴弾の煙に紛れてサブラージがルベルに急接近する。ルベルはトンファーでサブラージの一撃を弾いた。

ルベルとサブラージだけならば、いつも通りであるはずだ。この程度ならば、日常の内である。しかし、非日常がそこにはあった。


「さっき握手した私とサレンの力はもう使えるはずだよ。使用するには、魔法の杖が必要になるんだけどね」

「……魔法の杖?」

「そうそう。棒のてっぺんにハート型や星形、天使の羽が生えた、キラキラしたファンシーな杖。それを握っているところを想像して。必ずそこに現れるはずだから」


ナナリーへの返答は玉乃が行ったが、まっさきにそれを実行したのは初だ。初の手元には星とハートが施された可愛らしい杖が現れる。
想像物の実体化。結果がどれだけアニメチックでふざけたものでも、この魔術具の力は本物だ。玉乃は「無駄に努力しちゃって……」とため息をもらした。


「その杖を振ってみて、初ちゃん。サレンの空間転移が無詠唱で使えるはずだから」

「ただし、実際に自分の手で持てる程度の重さまでしか転移できませんけどねぇ。もしくは自分自身のみです」


初は小さな口をあんぐりと開けた。使える力が自分の予想以下の小ささであるためだ。魔術の少しも会得していない少女が都合よく魔術を使役できるわけがないのだ。魔術具にどれだけ力があろうも。

桜庭初の未来予知は確実。
初は戦闘を行うルベルとサブラージの未来を予測し、最小限しか使えない魔法少女の力を駆使した。ルベルの頭上から降り注ぐ小石。「あでっ」とルベルは頭を擦った。


「隙ありぃ!」

「はっ! かかったな、サブラージ!」


頭を擦っていたバカなルベルに短剣を容赦なく振るったサブラージの手を、ルベルの脚が蹴りあげた。ルベルの靴にはナイフが仕込まれており、サブラージの手を深く傷付ける。

鮮血が舞い、初は腰が抜けてしまった。雑草の上でサブラージの怪我に怯えたのだ。
一方、同時にロルフに変化が訪れる。サブラージの血の香りを嗅ぎ付けた人狼は目を見開いて「血……。肉、はらへった……」と呟くのだった。
ロルフの変化を面白いと思うのはそれに気がついた金神とリャク。そしてナナリーとサレンだ。


「サブラージ、大丈夫?」

「ぜんぜん平気! この程度ならいつも通り!」


玉乃がサブラージとルベルの間に現れる。玉乃は指輪をしていた。玉乃の攻撃を見ていたルベルは息を詰まらせ、慌てて後退する。玉乃からのびるのは炎の柱。大柄なルベルはそれらに驚かされながらもすべての攻撃を避けきった。


「火ぃ!?」

「魔法ってすご……」


圧倒されるルベルとサブラージ。玉乃はそんなことなどお構い無しに、今度は地面に足で円を描いた。惚れ惚れするほど正確な円に、玉乃は指輪を落とす。落ちた指輪は弾けて粉々になった。その粉を、どういう原理か、立っている玉乃の手に吸い寄せる。やはりルベルとサブラージはポカンと口を開けた。


「サブラージ、手」

「え?」


玉乃は強引にサブラージの腕を取ると、指輪を吸った手をサブラージの傷口に乗せた。何をするのだと皆が注目するなか、玉乃はしばらく乗せたあと離す。


「……白魔術……」

「天使の得意分野だよ。ま、人間の白魔術師とは少し違うかも知れないけどね。サブラージの怪我の治癒を促進したよ。数時間もすれば治ってるはず」

「え、なにそれ、すご! 闇医者いらないじゃん。ありがとう、玉乃」


ロルフの呟きに玉乃は頷いて答える。リャクが「ほう……」と興味深く玉乃とサブラージを眺めた。


「面白いですねぇ。ところで雪之丞」

「なに? サレン」

「このままでは面白くないのであなたも魔法少女らと戦って来てください」

「ええっ!?」

「早くもとの世界に帰りたいでしょう?」

「ぐ……。でも俺は初と戦うなんて」

「早く、帰りたい、でしょう?」

「そ、そうだけど……」

「早く、帰りたいでしょう?」

「……」

「早く帰りたいでしょう」

「……わ、わかったよ……。
うわ、強引。研究者ってみんなそんなもんなの? 嫌だー……」


雪之丞がしぶしぶ承諾したあと、ついサブラージの内心を読んでしまった。サブラージに強く睨まれ、雪之丞は申し訳なくなる。腰を抜かしている初が声にならない言葉で雪之丞を励ました。

    

2014/05/25 10:48



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